CYZO 1999/06号表紙は吉野妙香。 山形道場 復活第 1 段

新聞

(『CYZO』1999 年 05 月)

山形浩生



 どんな人がこの雑誌を読むのかさっぱりわかんないので、まあだれに言うともなく言うのだけれど、いったいみんな、なんで新聞なんか読むの?

 新人研修とかだと、「これからのビジネスマンは情報収集力が問われる、だから新聞を毎日読め、しかも漫然と読むのではなく、問題意識をもってマーカーでしるしをつけながら読め」とか言われる。でも、続かないだろう。だって興味が持てて、あるいは仕事に関係してて、しかも大事なニュースなんてのは、そうそう毎日起きないんだもん。そんなことは一ヶ月以下でわかる。それなのにみんなが新聞を読み続けるのは、暇なのと、横並びで安心したいのと、世間話のネタがほしいだけなんだと思う。

 そもそも「情報収集」を口走る人のほとんどは、どうでもいいノイズばっかりためこんでるのだ。日経平均を毎日見て日本経済の動向を見るとかいうヤツがいるけれど、そんなのは(株屋でもなけりゃ)ただのノイズだ。一ヶ月単位でどのくらい動いたか、というのは、まあ参考になる情報。もっと大事なのは、日経平均では日本経済の動向はあまりわからん、ということを知っておくことだ。仕事でもなんでも、自分がどのくらいのスパンでものを見るべきか考えてごらん。たとえばぼくは3ヶ月に一本単位で報告書を書くから、月単位か、せいぜい週単位で話がわかればすむ。日単位の情報がいる人なんて、そんなにいないはずなんだ。

 とはいえ新聞には一つ大きな機能があって、それは世論をあおることだ。この手口は知っておいて損はない。ただし、最近の大新聞はすごく腕が落ちてる。新聞で作文してる人の多くが、自分が世論操作をしていることをちゃんと意識していないからだ。どうも新聞社内部にミニチュア世論みたいなものがあって、それがブヨブヨした無意識として記者さんやデスクたちを支配してる。書く人は客観公正中立な記事を書いているつもりなんだよ。読者を考えて、そこにあわせて情報の出し方をきちんと操作する――それを意識的にやっているのは、スポーツ新聞と、あと小林よしのりくらいだ。この両者を見て(書いてある中身は無視すること)、読者のレベルを計算したプレゼンテーションというのがわかるようになったら、大手新聞でそれを読みとってみよう。朝日はそれが無自覚で露骨。日経は、そこらへん(とその隠し方)がまだ意識的でうまい。それを見切ったら(そして自分の文書作成に活用できるようになったら)、あとは新聞なんぞから学ぶべきものは何一つない。

 ところでスポーツ新聞だと、配達版ではテレビ欄になってるところが、キオスク売りのやつだとアダルト・ポルノ風俗欄になっているよね。これは偶然じゃないと思う。スポーツ新聞ってのはとても計算高いんだよ。たぶんテレビとポルノは、いまの日本人にとって同じような存在なんだ。そこから、テレビというのが家庭向けポルノだと結論してまちがいないだろうね。どうだ、深いだろう。



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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>