Valid XHTML 1.1! cc-by-sa-licese
マネーロンダリング入門

連載第?回

マネーロンダリングの手口と、それがぼくたちにとって持つ意義。

(『CUT』2007 年 1 月)

山形浩生

要約:マネーロンダリングについてのとても要領のいいまとめ。特に具体的な事件の手口についてきちんと説明がついているのはうれしい。同時に、プライベートバンクなんて中身ないんだという説明も納得。そして、それが一般の市民にとって持つ意味を説明した最終章が著者の持論のまとめとしてためになる。



 マネーロンダリング! やばい事情のお金を、第三者の手をへることできれいにして堂々と使えるお金にするための手段だ。犯罪のあがり、裏金などは、そのままでは差し押さえられたり没収されたりするので使いにくい。現金にして現金で使えばいいとはいえ、大量の現金は調達するのも使うのも面倒だ。それに大量の現金を使うこと自体も目立つ。いまの世間でのお金の仕組みでは、一応ちゃんと説明できる形で帳簿にのってこなければ、そのお金は正式には存在しない。帳簿にのせられないようなお金を、どうやって帳簿にのせるか? そのプロセスがマネーロンダリングだと思えばいい。

 単純な話、あなたが何か後ろくらいことをやってお金を儲けたとしよう。たとえば不倫相手を脅して手切れ金で500万円ほどむしりとったとしよう。だがその不倫と脅迫の事実が世間に知れるのはあなたにとっても困る。さてどうしよう? いきなり羽振りがよくなれば必ず怪しまれるだろう。何か正規の方法でそのお金を得たんだ、と世間に納得させられなければ、その金はまともな形では使いにくい。さてどうする?

 一番簡単な方法として、その違法な取引に関係ないだれかから何かを買い、そしてそれを正規に転売してあがりを得れば、そのお金はもはや正規の堂々と使えるお金になる。大判小判でもこっそり買って、「実家の蔵から出てきた」とでも言って転売すれば、その売り上げは堂々と使える。だがもちろん、そんな話は調べられればすぐにばれてしまう。お金が裏から表に出る過程で、どこかでどうしても変なところ、つじつまのあわないところが出てくるのだ。

 それに車、マンションの一棟くらいでも、出所のあやしい金でぽいっと買えるかもしれないし、多少変なところがあっても大きな業者であれば誤差範囲ということであまり追求もされないかもしれない。でもそれがしょっちゅうとなると、そうもいかない。その「関係ないだれか」だってもはや関係ないとは思ってもらえない。一蓮托生の仲間だと思われる。そんなリスクを冒してくれる人はなかなかいない。それに、一発限りの取引ならいざ知らず、長期的に続く裏ビジネスなら、そんな転売用の買い物自体があやしまれ、足がついてお縄にかかる原因となる。だからこんなわかりやすいマネーロンダリングは普通はない。無数の銀行口座を網の目のように使った資金の移転。ちょっとした法制度の抜け穴を使い、当局の監視の目から逃れたルートで資金を流して日の目を見せる手法。絶対に当局に対して情報を開示しない(はずの)金融機関を使った手法。いかにわかりにくく、追跡しにくい資金の流れを作り出すか、というところに、マネーロンダリングの手腕は発揮される。

 この本は、新書ながらそのマネーロンダリングの各種手口を現実の事件に則しつつていねいに説明した、実におもしろい一冊となっている。カシオの資金120億円強が消え去ってしまったカシオ詐欺事件、ニッポン放送をめぐるライブドアの資金調達。北朝鮮の闇資金の仕組みに、アルカイダをはじめとするテロ金融の裏。よくこんな短い本にこれだけのネタをつめこんだものだと思う。そしてそれにからめて、プライベートバンクの歴史、そしてその虚像(日本のプライベートバンクなんて応接セットが立派なだけで何も意味なし!)、スイス銀行神話とその崩壊、さらには資金の国際移動と監視とのいたちごっこからネット金融の含意まで書きおおせているのは驚くばかり。

 だが――こうした実際の事件を見てみると、この手の事件における最終的なキモの部分というのは実にくだらなく、幼稚だったりするのは実に意外といえば意外。冒頭のカシオの事件は、そもそ資金部の担当者がうまい話にだまされて、元金保証つきだけど一年で倍になるなんていうあり得ない投資話にうまうま乗ってしまったことが発端だったりする。それをごまかすために、担当者たちはさらに変なブローカーたちの信じがたい話に次々と乗り、資金流出をごまかすために各種の口座間でめまぐるしく資金を動かし続けて、とんでもなく複雑な仕組みを作り上げてしまった。そしてそれが発覚しなかったのも、そもそもは資金部の活動を一切カシオの経営陣がチェックしていなかったことに加え、A銀行に100万円入金してその場で記帳し、それをすぐに引き出してB銀行で同じことをして、二つの銀行の通帳を見せて「200万円持ってます」と強弁するような小学生みたいなインチキを会計担当者が平気でやり、そしてなんと会計監査事務所がそれをあっさり見過ごしてしまうというトホホな話。ライブドアがらみのマネーロンダリングも、話は複雑なんだが結局ない金をふくらませて見せかけるための壮大な仕掛けでしかない。当然といえば当然だ。マネーロンダリング自体は何も生み出さない、単に帳簿を整えるための手段でしかないんだから。そこにはパズルの楽しさはあるんだが……それだけでしかない。

 おそらく本書が読者にとって、そうしたパズル以上の実用性を持つのはその最後の部分だろう。ここでは著者が、本稿でも何度か取り上げた『ゴミ投資家』シリーズを通じて訴えてきた、国外脱出を含む資金運用を通じた生活設計のあり方が描かれている。今後、裕福な高齢者層は、ますます容易になる資金と人の移動を通じ、どんどん条件のいい外国に脱出するのではないか。そうなったとき日本に残された人々はどうなるのか? 実はぼくはこのシナリオに必ずしも説得力を感じないのだけれど(だって実際に移住した高齢者たちは必ずしも幸福ではない場合も多いらしいよ)、可能性としては非常に示唆的。そしてその中で自分がどのような生活設計を抱くべきかについても、再度考え直させてくれるのだ。

前号へ 次号へ  CUT 2006 インデックス YAMAGATA Hirooトップに戻る


YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
Valid XHTML 1.1!cc-by-sa-licese
このworkは、クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
の下でライセンスされています。