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マイクロネーション

連載第?回

小国に教わる国の存続理由と愛国心。

(『CUT』2006 年 12 月)

山形浩生

要約: 世界のバチカンよりもっと小さい、ほとんど自称だけの小国家を集めたガイドブック。国々の記述のおもしろさはその国の存立理由にあるのだけれど、その存立理由は決して自明なものではなく、それを納得させることがとりもなおさず愛国心教育ということだ。この小国たちの存立理由を見るうちに、この日本の存立理由にも自然に考えは及ぶ。それをきちんと考えることは必須だし、またそれを教えることも必要なんじゃないか。



 小学校くらいのときに、世界でいちばん小さな国はどこ、というような話を社会の授業でしたと思う。それとも最近はゆとり教育のおかげでそんな話はしないのかな? 一応 30 年前は、小さな国は文句なしにバチカン市国だったはずだ。そしてそのついでに、アンドラとかリヒテンシュタインとか、切手販売と観光だけで食ってるような小さな国がいろいろあるんだなあ、というのをおもしろがってずいぶん調べた記憶がある。

 が、実はバチカンよりはるかに小さな国はたくさんある。それらをまとめたのが本書、天下のロンリー・プラネットの Micronations だ。

 ここに挙がっている国は、どれもバチカン市国なんか目じゃないほどの小国だ。なんせ、国民が二人なんていう国はざらだし、領土もちょっとした町くらいならいざしらず、街区一つ、家一軒、はては部屋一つ、なんてものもあるくらい。

 さて、国だの独立だのいうのは、通常はかなりの大事だ。それは中国と台湾のもめごとなんかを見ればわかる。が、本書にのった国家のほとんどは、幸か不幸かそうした本国からの阻止には直面していない。まあもちろん、その一部は単なる冗談半分のナンチャッテ国家だからだ。アメリカのある岬の先っぽにある町が、本土とつなぐ橋の撤去に抗議してアメリカからの独立を宣言した、なんていうのがあったり、はてはイギリスの(というより正式にはイギリスに囲まれた)ラブリーは、BBC のテレビ番組のためにコメディアンが独立を宣言したという代物。前者は、一応所属しているニューハンプシャーの知事が遺憾の意を表明したりしてはいるけれど、まあ話題作りの冗談だ。

 でも、中には本格的なものもある。イギリスの沖合にある作りかけの構造物を占拠して独立を宣言したシーランド王国は、創立当時は公海上にあったのでイギリス領ではなかったし(いまは領海が 200 海里になっているのでまわりはイギリスの海だが)、その構造物を作ったイギリス海軍も明らかにそれを遺棄してあったし、イギリス軍とも多少の小競り合いを展開している(シーランドはそれを「戦争」と呼び、イギリスの侵略を撃退した、と表現している)。またコペンハーゲン郊外のクリスチャニアは、ソフトドラッグが自由で自動車を使わないエコロなヒッピー国として独立を宣言し、ドラッグ規制を強化したがるデンマークとかなりもめている。

 で、本書はめっぽうおもしろい。それはそれらの国にすばらしい魅力的な観光資源があるとかそういうことではない。その国がなぜ国として独立するにいたったか、独立したいと思ったか、その来歴に魅力があるからだ。

 そもそも国って……なんなの? もちろん国際法だの政治学だのを勉強した人であれば、領土があって、決まった国民がいて、行政機構があって、他の国と交渉関係に入れればそれは国だ、といった国の成立条件を知っているだろう。でも、国が国になるためのもっと重要な条件がある。それは、国が国になりたいという理由であり、国であり続けたいというその意志だ。弾圧されている、税金が重い、政策に賛同できない――どんな人も、自分のいる社会に対して不満はあるだろう。でもその一方で、国を維持するのは面倒だ。日々のもめごとを解決したり、経済運営を見たり、お金をすったり計画をたてたり。王さまや女王さまという話だけをきくとロマンチックかもしれないし、「おれが総理/大統領になったらこんなバカなことは許さない」と思ったことはだれにでもあるだろうけれど、実際になったらそれが面倒できゅうくつで、多方面のしがらみでまったく自分の思い通りになんか進めないだろうという想像も、すぐにつくはずだ。ぼくなら社長、いや部長になるのだってごめんだ。まして王さまになりたいやつなんて、正気の沙汰とは思えん。

 が、ここに挙がった国々は、まがりなりにもその障害を乗り越えて、敢えて国となった。そしてその少数とはいえ臣民たちに、独立国であり続けることを納得させている。それには、そのための理由が必要だ。独立国であったほうが、その臣民たちのためになるのだ、という理由はなんだろう。それをちゃんと説明できているということだ。だからこそ臣民たちは、多少の面倒を引き受けてでも(たとえば領内では別通貨が流通しているので、道の向かいの隣国に買い物にいくときに両替が面倒とか)国としてのまとまりを維持しようとする。

 本書を読むと、その「理由」にもいろいろあることがわかる。それを吉本隆明的に、共同幻想だと言ってしまいたい人もいるだろう。ぼくは功利主義者だから、それが幻想などではなく、ちゃんと中身のあるものだと思う。が、いずれの場合でも、国が国として存続する理由は決して自明なものじゃない。そして、その理由に納得するということは、とりもなおさず愛国心を抱く、ということだ。その理由をきちんと説明するということは、結局のところ愛国心教育ということになる。

 さて、これを読んでいるあなた、あなたの所属する(であろう)日本という国は、なぜ日本という独立国でなくてはならないの? この本を読んで、最後に思い当たるのはそういうことだ。日本が今後とも国としてあり続けるためには、その存続理由をきちんと考えたほうがいい。そしてそれを国民に納得させるための方策も不可欠なんじゃないか。この小国たちは、この日本のぼくたちにもそんなことを考えさえてくれるのだ。ぼくはそれが、天皇なんてものでもないし、平和憲法なんて代物でもないと思うのだけれど。が、この話はすでに書評の範囲を超える。でも、そこまで小難しいことを考えなくても、本書を参考に、自分が国を作るとしたらどんな国を作るか思いめぐらすのはなかなか楽しいよ。そして機会があれば本書片手に、こうした国々をちょっと訪れてみてはいかが?

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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
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