Nexus 連載第?回

スモールワールド構造の不思議。

(『CUT』2005 年 7 月)

山形浩生



 由緒正しき乱読家であれば、同じようなテーマの本が同時期に刊行されることが多いのはご存じだろう。特に示し合わせたわけでもなさそうなのに、なんだかおもしろそうな理論や現象が生まれたとき、いろんな方面の人がそれについて一斉に通俗解説書を書き始めると、だいたい似たような頃に似たような方向性の本が出てくる。もちろん、それがちょっと売れたり評判になったりすると、柳の下のドジョウみたいな本もたくさん出てくるわけだけれど。懐かしい話ではフラクタル理論の話とか、四色問題の話とか複雑系とか、経済ビジネス分野なら中国ビジネス関連本とかe-ナントカとか、最近では量子コンピュータみたいな話とか。

 その手のネタの一つとしてここ数年でパラパラ出てきているのが、ネットワーク理論と創発理論のゴッタ煮みたいな分野だ。世界中のどんな人々でも、知り合いの知り合いの知り合いの……とたどっていけば、6人くらいで相互に到達できる。ウェブや電力網、都市の大きさ、人間関係、河川などの構造を見ると、完全に階層構造にもなっていないけれど完全にランダムでもないという、「スモールワールド構造」と呼ばれる非常に似通った構造になっている。ランダムでも多少のフィードバック構造があるようなネットワークは、すべてそうした秩序を生み出すようだという話。

 そうした本としては、邦訳のあるものだとバラバシ『新ネットワーク理論』とか、拙訳のジョンソン『創発』なんてのがある。でも、訳が出たのは最近だけれど一番よくできていたのがマーク・ブキャナン『複雑な世界、単純な法則』(草思社)だ。

 やっぱり書き手の性質は本の中身にもはっきり影響する。深みのない通俗ライターであるジョンソンの本は、軽い筆致の読みやすさはあるものの、深みに欠けるし、内容的にも話と例示がきちんと対応しておらず、ジョンソン自身の理解不足が如実にあらわれているケースが多々ある。バラバシは学者なので、よくも悪しくも(あくまで相対的にとはいえ)理論のほうに偏る。その点、『ネイチャー』編集者だったブキャナンは、当然ながら対象についての理解はきちんとしているし、広範な分野の例題をきっちり整理して大きな全体像を見せる手腕もあぶなげがない。

 最初の部分は、このネットワーク理論が一気に人気を博するきっかけとなった、ワッツとストロガッツの論文と、それに到る先人たちの研究が描かれる。そして中盤から後半に入ると、それが適用される様々な現象の解説だ。脳細胞、エイズの感染、流行に生態系、そして貧富の差。個人的な関心では、この貧富の差の話は非常におもしろい。何ら金儲けの才覚を仮定せずに、ある程度の富が富を生む仕組みだけ想定しておくと(これは別に不公平な仮定じゃない。お金持ちは、稼ぎがしばらく途絶えても困らないだけの貯金があるから、回収に時間がかかるけれど高収益な事業にも手を出せるのだ)、自然に現在の所得分布ときわめて似たところに落ち着いてしまうのだという。

 もしそれが正しければ、いくつか言えることがあるだろう。現在の金持ちというのは別に才覚があったわけじゃなくて、単なる偶然の産物なのかもしれない、ということ。さらに所得格差なんか心配するのはやめるべきだ、ということになる。社会主義を筆頭に、富の平等を大きな理念として持つコミュニティは歴史的に多いけれど、でも現在の富の分布は別に金持ちが貧乏人を搾取しているから生じるわけじゃなくて、単に自然ななりゆきでしかないのかもしれない。それを無理に是正しようとすれば、結局はみんなで足の引っ張り合いをして格差の絶対額を抑える、つまり成長を止めるしかないことになる。一方で、経済的な格差が少ない国ほど発展する、といった研究もないわけではないのだけれど。

 本書はこうした各種テーマをていねいにたどり、そしてネットワーク理論が現実世界の問題について与えてくれる洞察をわかりやすく描き出してくれるのだ。もちろん、この分野は現在進行形だから、決して何か大きな答えが見つかった、という話にはなりようがない。現在はいろいろなネットワーク構造にこうした秩序が見られる、ということが明らかになりつつある段階でしかないんだから。なぜそうなるのか? それが最も効率よい形なので、自然選択の結果としてそれが残ったのだ、というくらいしか今のところ説明はできない(そしてそれ以上の説明はたぶん出てこないだろう)。それが本書でちょっともどかしいところでもある――が、まあ仕方ない。

 個人的には、こうした秩序の発生についてひょっとしたらと思うことがある。そこに秩序が客観的に見てあるというべきなのか、それとも人間の知覚が自然に物事をそうした秩序にあてはめて見てしまう、という可能性はないのかな? たとえば数直線の上に1とゼロがランダムに並んでいたとする。確率的に、一が2つ続く並びは、1が三つ続く並びの半分の出現率となる。1の固まりの個数を考えると、それは非常にはっきりした規則性を示す。でも、それは人間の知覚が、ただの1とゼロのランダムな組み合わせの中に秩序を見たがってしまうことの裏返しじゃないのか。まあ、本書にはそこまで変なアイデアは書いてはいないけれど。

 そして本書の醍醐味は、いったんここに書かれた各種の現象を理解すると、有望そうな他の事例についても自然に頭が向かうことだ。たぶん最初にふったネタである、似たような本がかたまって出るというのも「自然」なネットワーク秩序の結果なんだと思うよ。売り上げと口コミを通じたフィードバック構造、それが生み出す力学――それをうまくデータ使って分析できれば、たぶん卒論や修士論文の一本くらい簡単にかけるだろう。さ、研究テーマ探しに悩むあなたも是非いかが?

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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>