barbarians 連載第?回

人間の合理性の限界を見きわめるための本。

(『CUT』2005 年 5 月)

山形浩生



 この本が金融工学という名目で売りに出されたのは、ちょっと不幸なことだったかもしれない。営業的にはそれなりによかったんだろう。金融工学といえば、勉強しようと思って買う人もいるだろうから。表紙やタイトルの感じとかだと、よく「女性のためのナンタラ」と称して売られている婦女子向けの人を馬鹿にしたたぐいの本じゃないか、という印象がしてしまうし。でもその一方で、この本がなかなか上手に説明している内容は、通常の金融工学――つまり合理性に基づくポートフォリオ理論やオプション理論の範囲をかなり超えて、それらがすでにあてはまらない人間の不合理な領域についてのものだからだ。多くの人が金融工学の本で学びたいのは、前者についてだ。その人たちが、それを超える、あるいはそうした理論の限界を示す内容の本を読んだとき、あてがはずれてがっかりしたか、あるいは予想外のところまで得られて喜んだかは、ちょっと興味のあるところだ。

 どんなところが不合理か? たとえば簡単な話でいえば、人間は同じ金額でも得をした場合より損をした場合のほうがずっと悔しく思う。ギャンブルで負けると、急に頭に血がのぼって、負けを取り返そうとしてどんどんドツボにはまる人がいる。これはこうした傾向が裏目に出たものだ。あるいは、よくあるベイズ統計の話。人は条件つき確率をきちんと判断するのが異様に下手なのだ。本書は金融工学の、割引率や確率分布の話を簡単にした後で、こうしたちょっと予想外のネタをどんどんふってくる。内容的には、以前この欄で紹介した小島寛之『確率的発想法』に近いところもかなりある。でも書き方は、かなり簡略化してはあるけれど、そこそこ要点を上手にとらえていて、初学者でもおおざっぱなところは理解できるようにしてある。

 なかでも、このレベルの本で扱うのは珍しいな、と思ったのが、人はなぜ後悔するのか、あるいは目先のものの誘惑に負けやすいのか、という理屈だ。本書はこれを、デートのドタキャンを使って説明しようとしていて、完璧とはいえなくてもそこそこ成功しているんじゃないかな。人はダイエットするときには、デザートを食べるのと、将来デブらずにスタイルが保てるのとでてんびんにかけて、後者を選ぶわけだ。そうやって人は「今日からはおやつは食べるまい」と決意する。でも実際におやつが目の前に出てくると、「一日くらい」とか「今日は仕事をがんばったから自分へのごほうび」とか「あまり無理するダイエットは長続きしないから」とか自分に言い訳をつけて、あっさり食べてしまったりする。そして、後から後悔する。

 後悔するってことは、おやつを食べたのは結局のところまちがってたってことだ。事前にもきちんと判断できて(つまりおやつを食べずにダイエットすることにして)、事後にもきちんと判断できるのに、人は目の前で起きていることを大きく見積もってしまうという変な習性を持っている。

 本書は、人間はそうなってるんですよ、おもしろいですね、と紹介して終わるんだけれど、実はこれは人間だけじゃない。ハトを始め、いろんな動物がこうした傾向を示す。進化の過程で、動物は目先のこと(敵とかエサとか)に注目するのが生き残るためには有利だった。ハトや犬は、長期的な利益なんか考えられないので、とにかく目先のエサに大きく反応するヤツが生き残ったわけだ。でもそれが、いまの人々の後悔を生み出すメカニズムになっている。本書は、そういう深いところには踏み込まないけれど、でも各種参考文献を(こうした本には珍しく)明記することで、興味を抱いた人がさらに先へ進めるような配慮もなされている。すばらしい。

 さて、人間の感覚には、不合理な部分があるのはわかった。本書はそれに対して、それをふまえて、それにあわせた投資なり保険なりの戦略を考えましょう、と言う。それがこの本の結論といっていい。確かに、そういう考え方はある。が……

 実は、もう一つやり方があるんだ。それは、人間のほうを改造することだ。人間の欲望や感覚のほうを、合理性にあわせて変えるやり方だ。こう書くと、なにやら恐ろしげに聞こえるかもしれない。でもそんなことはない。人間の不合理な判断にはいろいろある。たとえば錯覚や錯視というやつ。まっすぐな線が曲がって見えたり、同じ長さの線がちがって見えたり、という錯視の例はみんな知っている。でもだからといって、その錯覚が正しいとか、その錯覚に従うべきだとはだれも言わない。定規や物差しを使ってその不合理な印象を矯正する。だったら割引率やリスク計算の不合理性についても、同じように対応すべきじゃないか?

 実は人間は、そういう対処をする手段を持っている。自分がおやつの時間になったらついお菓子に手を出す誘惑に弱い人間だと知っている人は、その事態に備えて、お菓子をあらかじめ隠したり鍵をかけたり捨てたりする。ある程度の合理性をもって判断できる状態のときに、将来の自分が裏切らないような対策を講じられる。自分の欲望や印象は変えられなくても、それに基づく行動を制限できるようにする、という手があるわけだ。金融工学でも、たぶんそれと同じような仕組みを作ることは可能なはずだ。

 人間の不合理性と、それにどう対処すべきか――通常の金融工学の教科書では、こんな話はあまりやらない。ひょっとしたら本書は、すでに金融工学の標準的な理屈をある程度知ってる人が読んだほうが得るものが大きいんじゃないかな。そういう人なら、ここに描かれたような不合理性が正統理論にどう影響するかわかるから。でも、そこまでの知識がない人でも、ここで言われていることのエッセンスは十分にわかるはずだ。楽しいよ。そこに描かれてるのは、まさに読者一人一人が人間として持つ、自分自身の見慣れた限界でもあるんだから。

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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>