となり町戦争表紙 連載第?回

自治体戦争請負コンサル的に申しますと、戦争としていささか甘いのではないかと。

(『CUT』2005 年 3 月)

山形浩生



 あ、どうもー。先日の入札に参加させていただきましたコンサルですー。別件でこちらに参りましたもんで、ついでと言っちゃなんですが、ごあいさつをと思いまして。あ、いえいえそれはもう、フェアな競争入札の結果ですから恨みっこなしで。とは申しましても、やっぱりこちらのアレはわたくしどもの業界でも結構話題になりましてねえ。いやあ、あの値段で戦争計画というのは、M社さんもがんばったというか、かなり無理なさったんじゃないかと。いえ、自治体戦争ももう最初の国のガイドラインが出て以来、かなり実績も出てきたところで、M社さんはいまから参入しようとしてかなり焦ってらっしゃるような。

 で、いかがなんですか? もう開戦から2年弱ですか。そろそろ開戦期のごたごたがすんで、膠着状態に入る頃で……え? もう終戦しちゃんたんですかぁあ??? だってそれじゃあ何のために戦争をはじめたんだかわかんないじゃないですか! あ……いや失礼いたしました。もちろん十分にご事情はおありだったとは思いますが。いや、もう戦死者も何人か出て、かなり盛り上がりってきたというところまでは存じ上げてたんですが、その先はちょっと追ってなかったもので。

 え、それがM社さんの計画だったんですか? 短期決戦? いや、それじゃ国の戦争交付金も限られるし、それよりそもそもの戦争の目的である戦時体制作りのねらいが果たせないでしょう。日本の高度成長だって、戦中の経済体制がベースにあればこそ可能だったことは、最近ではすっかりおちぶれた野口先生なんかもまともだった時代に指摘しておられれますしい。2年弱だと、役所内の体制はそこそこできたでしょうけれど、市内の民間事業者に戦時動員をかけるところまではなかなかいかなかったんじゃありませんか? そうでしょう。それに新自治省さんはなんておっしゃってます? ええそうでしょうねえ。これだけ短期で終わっちゃう自治体戦争はちょっとこれまで例がありませんから。いやあ、M社さんは何を考えてらっしゃるんだか。

 弊社が対応させていただけておりましたらですね、通常は3年目くらいから膠着状態のにらみ合いに突入するようにするんですよ。ええ、いやもちろん敵自治体とだってそれは示し合わせないと。お互いあんまり消耗するのもばからしいですし。そうやって戦争の実績を作りつつ、それをきっかけに産業育成やら開発に向けての各種クリアランスやインフラ整備を効率的に進めるのが重要でしょう。国体で整備する手口はもうダメですし、その代替案としてこうした自治体戦争計画が出たんですし。いや、こちらもまだ都市計画道整備がまだ結構残ってるじゃないですか。あれは何とかしなかったんですか。そうそう、先方は急に終戦なんてよく承知なさいましたね。賠償金とか詰めたんですか? えー、M社さんそこらへんの根回しなさらなかったんですか? うーん、いくらあの予算とはいえ、基本の基本をはずすようなことをされると、ちょっと同業者としては困るなあ。

 新自治省さん向けの報告書とかはもう……? ああできてますか。ちょっといくつか拝見できますか? あ、これは主報告ですか。『となり町戦争』ですか。なんか小説仕立てになさってるんですか。ふーん。なかなかおもしろく書けてますねえ。しかもいきなり知らず知らずのうちに戦争に配属になってしまった一職員の視点からというのは、うん、これはいいアイデアかもしれない。新自治省さんも、新しいアピール方法をお求めですし。でも性欲処理担当……これ本当に行政でおやりになったんですか。M社さん、変なこと考えるなあ。こういうとここそ民間に任せればいいのに。なんかこう、これに限らず全部行政でやっちゃおうというのがそもそも発想としてアレですねえ。ずいぶんべたべたしてて、読者サービスにはいいんでしょうが……そのくせ戦闘はボランティア任せですか? うーん、いや個人的な意見ですけど、ちょっとバランスが悪いんじゃないかと。それとここに挙がってる各種の書類、これって実際の……ですよね。うーん、なんかどれも平板で無味乾燥だなあ。え、役所の文書だから平板で無味乾燥なのは当然? いやおことばですが、そうじゃないです。いやこれはもう職業病みたいなものなんですけどね。お役所文書といえども、いやそれだからこそ、一行の記述、一つのチェックリストには、それ相応の存在理由ってのがあって、ちょっとの訓練でその心が読み取れるようになるんですよ。ここに挙がっているやつですと、どうも通りいっぺんですねえ。さらに、こうなんていいますか、自治体全体としてなんか戦争に対する目的意識が非常に稀薄な書き方で。戦争のPRをこういう簡単な地元説明会ですませちゃったんですか。それがやっぱ早期終戦にもつながってしまっていて、自治体の事業として迫力がどうしても足りないようになってるんじゃないかと。これだと、まるで全体として戦争を無意味なものとして描いて、究極的にはそれに反対しているように読めちゃいますよ。

 いや、きけばきくほどもったいない。いかがですか。第二次の戦争をどっかとやりませんか。いや、となり町とやるから肉弾戦とかも出て少しなまなましい印象もあるけれど、最近ちょっと弊社でお手伝いさせていただいてるのが、もっとリモートなやつでして。ええ、これですとゲーム感覚でイメージもいいし、市民の方々もあまり抵抗がないようでかなりやりやすいようですよ。ええ。随意契約でいただければ。いやもちろん予算は相談させて頂きますけど、やはり少しは張り込んでいただきませんと。ええ。ではとりあえず企画書書いてまいりますので、ご検討ください。え、どうも今日は突然押しかけまして恐縮です。あ、いえいえ。ありがとうございました。ではまた。失礼いたしますー。

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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>