Valid XHTML 1.1! 人脈づくりの科学 連載第?回

分野としてはおもしろそうなのに:特異な人脈の著者が書いた変な本。

(『CUT』2004 年 11 月)

山形浩生



 人間関係で悩まない人はたぶんいないと思う。それは私的な部分でもそうだし、仕事の面でもそうだ。上司や部下と折り合いが悪いとか、なんか最近いろんな面子が煮詰まって発展性がないとか。でも、それはたいがいはどうしようもないこととしてみんな諦めている。だいたい、どうすればそれが改善されるのかもよくわからないし。

 そこへこの本は、人間関係をグラフ化し、モデル化して処理することで人脈を科学的に分析できるようになる、という。いい人間関係の築き方がわかる、という。

 すばらしい! 実におもしろそうです。これができるんならすごい。

 でも、実際本書を読んでみると……ひどいんだ、これが。著者は、自分が人間関係を研究しているにもかかわらず、そちらの方面が非常に苦手だ、という話をしつこく書いている。苦手だからこそ人間関係のネットワーク分析をはじめた、と。でも、本書を読めば著者の人間関係がダメな原因なんか一発でわかる。この人、コミュニケーション能力が皆無なんだよ。

 読み始めたときから本書の異様さは明らかで、とにかく文章一つ(最大でも二つ)ごとにいちいち段落を変えて、まるで宇能鴻一郎の官能小説みたいなのね。そしてその文同士がまるっきりつながっていない。「具体例を挙げよう」と言って出てくるのがたとえ話だったり。あるいは章のまとめで、それまでまったく触れてもいない話を挙げてみたり(p.192 の小さな世界の問題の変形云々)。文化資本がブルデューで有名になったと言いつつ文化資本の何たるかを何一つ説明しなかったり (p.59)。ブルデューなんてこんな概説啓蒙書の読者が読んでると思うの? その手の説明不足(どころか説明不在)まみれ。きわめつけは、なにやらむずかしげな式をドーンと出しながら (p.75)、その式自体や変数が何をあらわしているのか説明が何一つない! バカかね。各章の終わりについている「原則」とかいうチャート式のまとめみたいなものも、文中でほとんど論証されておらず、研究成果としてそれが得られているのか、一般常識として何となく挙げているのかまったくわからない。

 実はこの人の文は、ある種の社会ネットワークの典型的な症状をあらわしている。まずこれは、「すでにわかってる人にしかわからない文」なんだ。この分野の専門家たちなら、彼女の文を読んで何が言いたいのか見当がつく。何が論証されて、何がまだ立証されていないかも知っているから、これでも通じる。でも、一般読者はそんなことは知らないのだ……ということが想像もつかないくらい、この人は自分の狭いタコツボの中にしかいないのだ。

 ぼくはこういう人を知っている。まじめで真摯な研究者だし、他人のやったことを精緻にしてみたり、同じことを別のデータでやったりするのはかなり上手だったりする。でも自分では、それがなぜ問題なのか、それがもっと広い世界でどういう意味を持つのか、まったく理解していない。だから、他人にも説明できない。とはいえ、ここまでそれがむき出しな人も珍しいけれど。

 そして、もう一つある。それはこの本の中身ともある程度関わることだ。ぼくがこの人みたいな文を書いたら即座に突っ返されるだろうし、いかにタコツボの中とはいえ学者としてやっていくことさえむずかしいはずだ。ところがこの人は驚異的なことに、これで通っている。なぜか? それはそれで通してくれる人がまわりにいるからだ。人間関係が下手だと著者は言う。でもたぶんこの人のまったく気がついていないところで著者は異様なほどの支援を受けている。脈絡のない思いつきを並べただけでも「ああ、この人はこういうことが言いたいんだろう」と、点と点を結ぶ努力をまわりの人にしてもらえる、そういう得な人がいる。その人は、世の中そういうもんだと思ってるので、自分が支離滅裂だという認識もなければまわりに努力を強いているなんて露ほども思っていない。でも、端から見ればそれは一発でわかる。本書は意識されているネットワークの話をする。でもおそらく、その人を支えている意識されないネットワークがあるんだ。そっちのほうが重要な場合のほうが多いかもしれない。この人の下手な本の書き方は、たぶん期せずしてそれを浮き彫りにしている。

 本書は最後の最後までダメぶりをみなぎらせる。よい人間関係とか人脈とかいうのは何か、というのが大きな問題設定なのに、最後に出てくるのは「何をもって優れた人脈とすべきかがわからなくなる」だそうな。が、次の文では「優れた人脈とは結果の出せる人脈だ」だって。あのさあ、「結果を出す」ってのは「よい/優れた」を言い換えただけでしょ。そんなトートロジーに落とすしかできないわけ?

 そして……そこから本書の中身をよく考え直してみると、ホントかな、と思う面が多々出てくる。自分の効率を落としていると思う人を挙げろ、というアンケート結果が本書では出てくる。でも、本当にそれはその人たちの申告が正しいんだろうか? そりゃ経理部や上司があれこれ書類を出せといってくるのはぼくの能率を下げているけど、一方でそれが必要だというのもぼくは知っているのだ。さらに、有能な人は人脈のノードになっている等々の話が展開される。でもその人は、そういう人脈を持ったから有能になれたんだろうか。それとも、有能だから自然とそういう人脈になったんだろうか? その検証はおろか考察さえない。

 それでも、ぼくは本書を読んでこの分野の希望というか可能性は少し見えた気がする。いまはこの程度でも、もう少し掘り下げることで、ひょっとしたらもっとおもしろい分析ができるんじゃないか。ミクロレベルじゃなくて、マクロレベルで考えたら成果があがるんじゃないか? 惜しいなあ。もっと有能な紹介者の手で紹介してほしいおもしろそうな分野なのに。

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