barbarians 連載第?回

出来の悪い後輩たちの空き缶衛星物語と、草の根科学支援の方向性について。

(『CUT』2004 年 7 月)

山形浩生



 ええい、いらいらさせられる本だ。ここに書かれている我が後輩どものレベルの低さが、もう頭痛ものなのだ。秋葉原の秋月電子を知らなかった? バカヤロー、秋葉原詣の定番じゃないか! 秋月(昔は信越といったっけ)、亜土(これも今は変わった)、若松をざっとまわるのがたしなみだろうに。なんのために東京の大学の工学部にいるんだよぉ。そんなんじゃてめーらみんな柏送りじゃ! 本郷はマンション開発しる! さらにハンダづけが下手で中国人留学生に教わっただぁ? エンジニアの基本だろうが! さらには LED の駆動回路ごときに苦闘? そんなのおれが高校時代には、鼻くそほじくりながら片手間で作ったわい(っつーか抵抗かまして電気流すだけじゃん!)。トホホホ、天下の東大工学部が情けなや……

 こんな出来の悪い後輩どもが、空き缶サイズの人工衛星(といってもホントに地球をまわるわけじゃないけど)を作ってうちあげるまでを描いたドキュメンタリーがこの本だ。

 人工衛星のうちあげ? 素人にそんなことができるの? うん、実はこれはいくつか前例はある。アマチュア無線家たちは、自分の通信用に人工衛星をうちあげている。それに比べれば、本書で扱われている人工衛星はかなりせこい代物だ。まず本当に周回軌道にのるわけじゃなくて、あがって放物線を描いて降りてくるだけだ。しかも高度四千メートル。飛行機が高度一万メートルくらいだから、まあカナーリ低いな。アマチュアの自作ロケットに乗せてもらって打ち上げようというものだから、まあしょうがないか。でもその一方で、ジュースの缶におさまるものでなきゃいけない、という制約条件はかなり厳しそうだ。ちなみにこの空き缶衛星の後では、一辺 10 センチの立方体におさまる衛星、なんてのもやってるらしい。  この本は、このプロジェクトに挑んだ東大チームの活動の記録だ。

 読み物としての構成は、とってもよくできている。学会で突然でてきた、まさかのプロジェクト提案。時間もないし経験もないけれど、敢えて挑戦に乗り出したチーム。チーム内の温度差からくる摩擦、さらにはそのチームを支える研究室の先生がたの人知れぬ苦労。技術的な行き詰まりとその打開、そして不安の中の渡米、迫り来るスケジュールとの戦い、そして最後の感動の打ち上げ。さらには、その後のメンバーたちがたどった道。それが、きわめて人間くさいドラマとして、きれいに描かれている。

 読んでて、不満がないわけじゃない。というか大あり。書いているのは実際の学生たちじゃなくて、ライターさんなんだけれど、どうも技術的な話に弱いらしくて、そっち方面の書き込みがきわめて薄い。最初の頃、東大一号機は膜をぱっと開く構造が売りで、でもその実現に苦労していた。ところが、途中からその話が一切なくなる。結局どうなったの? それ以外にも最終的な衛星の写真も含め、技術的な解決方法の説明が具体性を欠いているため、ぼくみたいな技術屋くずれにはもどかしい。もうちと写真とか内部構造とか見せてくれないかな。膜を開くときの仕掛けとか、興味あるじゃないか。ちなみに表紙の絵が信頼できるものだとすると、きみたちICにソケット使ってるの? あれは信頼性を下げるもとだよ~。それに衛星は少しでも重量減らすのが命、なんじゃなかったっけ。直づけしなさい。ハンダづけするときに、はんだごてのコンセントを抜いて漏電を避けて、あとは心配なら IC クリップでもつけて熱を逃がすようにすれば、CMOS でも壊れないから(ハンダづけの腕さえ確かならね)とかいろいろ言いたいことはある。敢えてソケットにしたのは、何か判断があったのかね。

 本書はそういう話があんまりなくて、変な人間ドラマばかりをたくさんつめこもうとする。途中でメンバーの一人が病気かもしれないとか、だれそれが大飯ぐらいだとか。いいんだけどさあ、それだけじゃつまらない。あと、東大生が東工大のチームに「何が実現できればこのプロジェクトは成功なの?」ときかれて、答えにつまる、とかいう場面がある。はい、ドラマとしてはわかった。でもその後で、じゃあ東大はどんな具合に成功条件を考えたのか? 膜展開の話でもそうだけれど、前のほうで提起された問題が、後のほうでことごとく忘れられているのだ。

 とはいうものの、二回目を読み終わって、これでいいのかもしれない、という気はした。一般向けの本で、そんな技術的な詳細まで書く必要はないのだろう。みんながささやかとはいえがっちりした成果を挙げた――それさえきちんと描けていれば、十分なのかもしれない。これを読んで、もっともっと多くの学生が、とにかく何か目に見えるプロジェクトをまとめあげて、完成させてみようという気を起こしてくれれば、それでいいんだろう。そしてその意味で、冒頭に出した学生たちの出来の悪さは、実はかなり戦略的なものなの、かもね(好意的に解釈すれば)。こんな連中でもできるんだから、みんなもやってみよう! というような。そのもくろみが本当に成功してくれるといいんだけど。

 あと、本とは離れたところで思うことだけれど、もっと OB を頼ってくれないかなあ。研究室も予算がきつくて云々、という話が途中でいっぱい出てくるんだけど、それがどれもたかが(たかが!)百万とか二百万円程度の話だ。このプロジェクトをちゃんと説明できれば、「おもしれえから 4-5 万なら金だそう」という OB はいくらでもいるはずだ。OB を頼るのは就職のときだけ、というのはあまりにもったいない。エンジニアは、技術だけ見てればいいわけじゃない。プロジェクトをプレゼンテーションして、人を説得してお金を集める――大事な技能だよ。先生にたかるだけが能じゃないし、先生だって自腹を切るばかりじゃやってけないでしょ。そういうツールとしてこの手のプロジェクトを位置づける、そんなことをもっと積極的に進めるあたりから、日本の科学教育を変える方向性が出てくるんじゃないか。なんかそんな気がしなくもない。

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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>