Valid XHTML 1.1! The Skeptical Environmentalist 連載第?回

脱・恫喝型エコロジストのすすめ:これぞ真の「地球白書」なり。

(『CUT』2002 年 5 月)

山形浩生



 その昔、アメリカに Garbage という雑誌があったことを記憶している人はまずいないだろう。もともとは、エコロな市民活動のためのガイドブックみたいな内容だった。家庭でできるリサイクルのすすめ、生ゴミで堆肥を作ろう、リサイクル商品購入ガイド云々。動物愛護に、肉を減らそう運動。ちょっとの工夫で、無理なく地球に優しい生活はだれにでもできるのです――そういうありがちな雑誌だ。発行人は、どこかのおばさんが中心になって、精力的に取材して書いているようだった。

 それが、三年ほどたって変わってきた。ポツ、ポツと、変な記事が載るようになった。「どうもリサイクルをがむしゃらにすればいいというものじゃないようだ」「自分たちの思いこみとちがう結果を出した研究者をみんな企業の走狗呼ばわりするのはおかしいんじゃないか」「動物実験は全部ダメなんていう議論はおかしいし、ましてそのために破壊活動をするのは犯罪」「自称エコロジストたちは、いい加減なデータで恐怖感ばかりあおるのを(特に子供を脅してオルグするのを)やめるべきだ」――毎回、こうした記事の割合が増え、だんだん雑誌は通常のエコロ屋的なお題目から離れたものになっていった。そしてそれに対して、読者からの手紙欄は罵倒(そしてその反論)で埋め尽くされるようになっていた。

 そしてある日「廃刊になったので、購読をキャンセルさせていただきます」という手紙が届いて、それっきりだった。

 彼女の記事は毎回冷静で説得力があった。一つ一つの記事もさることながら、いちばん感動的だったのは、ふつうのエコロジストが事実関係をきちんと調べるうちに、だんだん立場が変えていかざるをえなくなるプロセスだ。そして、つきつけられた事実に対してこの編者が自分の考えと立場を誠実に変えていったことが、ぼくにとってはきわめて新鮮だった。これをやるには、かなりの勇気と意志力がいる。だれだって自分のまちがいなんか認めたくないもの。

 一方それに対して読者欄が、常軌を逸した代物の大洪水になってきて(たとえばある「母親」と称する人が動物実験に反対して「動物の命だって大事だ、うちのペットの犬とうちの娘の命をはかりにかけたら、わたしは迷わず犬を選ぶ」という投稿を誇らしげにしていたり)、ぼくもだんだんと彼女の論点のほうに分があるように思えてきた。同時に、槌田敦のリサイクル批判なども出てきて、いまの純粋まっすぐな環境運動って変じゃないかな、とだんだん思えてきて……そして今にいたる。

 このロンボルグ The Skeptical Environmentalist も、まさにこれと同じ道筋をたどってきて成立した本だ。

 ロンボルグは、もともとグリーンピースのメンバーだったほどのエコロジストで、「環境はエコロジストの主張するほど悪化していない」という記事に反駁すべくデータをあさりはじめたそうな。ロンボルグは統計の専門家だ。データ処理ならお手の物。ところが……どうもおかしい。調べれば調べるほど、多くの環境団体の主張がかなりゆがんでいることがわかってきた。「生物種がすさまじい勢いで絶滅を続けている」「世界の森林は急速になくなりつつある」「食料機器がいまにも訪れる」的な主張は、まったく根拠がないどころか、実はデータを意図的に歪曲してねつ造されたものだった。本書で繰り返しまないたに挙がっているのが、ワールドウォッチ研究所とその親玉レスター・ブラウン、WWF(世界自然保護基金)、グリーンピース。特にワールドウォッチのレスター・ブラウンの統計濫用はあまりに酷い代物。減少傾向にあるデータの中で、たまたま低い点とその後にたまたまちょっとあがった点を見つけて、それを直線でつないでのばし「爆発的増大云々」と警鐘をならす手をいたるところで使っている。本書はそれを一つ一つつぶし、さらにかれの食料危機や資源枯渇や表土消失といった各種の予言を全部引っ張りだしてきて、それがことごとくはずしていることを明快に示して見せている。

 かれの主張は、環境問題について心配しなくていい、というものじゃない。ただ、このままでは明日にも世界破滅、といったレトリックは有害無益だ、ということを指摘しているだけだ。環境保護にもコストがかかる。そして、他にもやるべきことはたくさんある。環境と、アフガン救済とどっちを優先すべきか? いまだに何の被害も起きていない環境ホルモンや遺伝子組み替え作物の害に目くじらたてるのと、同じお金でアフリカに井戸を掘るのと、どっちを優先すべきか? それをきちんと考えよう、というのがかれの主張だ。そして、現在行われている各種の対策だってかなり有効だし、それをむげに否定するのはまずい、とかれは言う。多くの環境論者は、生活水準を落とせとか、ぜいたくするな、我慢しろ、というけれど、無理したって続かない。環境と生活水準や経済発展はトレードオフじゃない。豊かな生活があって、はじめて人は環境に目を向けるようになるんだから。

 残念ながら、多くの環境保護論者は、かれの主張を読み違えて、従来の環境保護団体の主張を批判しているから、これは何もしなくていいという反環境運動の主張だと思って激昂している。http://www.lomborg.org/ には、各方面からの批判と、それに対する反論がたくさん出ているので興味ある向きはどうぞ。Scientific American (日経サイエンスの本国版)は 11 ページにわたる、批判になっていない批判文を掲載し、ロンボーグがウェブページで反論の際にそれを引用したところ、訴訟をちらつかせて撤去させた。これに怒った環境団体グリーンスピリットは自分たちのウェブページにもとの文を転載し、Scientific American はこれも訴訟で脅している、ちなみにこのグリーンスピリットは、グリーンピースの創始者の一人が現在のグリーンピースのやり方や方向性に疑問を唱えて創設した組織だ。

 環境保護にいまたずさわる人たち、関心のある人たちは必読。いったい自分たちが問題と思っているものは、本当に問題なんだろうか。そして自分たちの主張はどこまで正しいのか? 本当に地球や環境のことを案じるなら、これぞまずあなたの読むべき本だ。これぞ真の「地球白書」なんだから。

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