Valid XHTML 1.1! Harry Potter and the Goblet of Fire 連載第?回

世界を変えられるかもしれない。

(『CUT』2001 年 11 月)

山形浩生



「ハリー・ポッター」シリーズが、たぶん21世紀にあってナルニア国物語とかドリトル先生とかに匹敵する、世界的に児童小説の共通体験となるシリーズであることは、もはや議論の余地がない。それが本当に優れているのか、それともたまたま何かのタイミング的にうまくツボにはまっただけなのかは、重要じゃない。

 その最新刊が「ハリー・ポッターと炎の盃」だ。

 過去3巻を読んで、ぼくは必ずしもこのシリーズが大好きってわけじゃなかった。ハリーくんは生まれながらにしてエリートたることを運命づけられている。この人間の世界では、ハリー・ポッターは誰にも省みられないいじめられっ子でしかないけれど、魔法使いの世界にいった途端に、かれは誰知らぬ者とていないスーパースターだ。渋谷陽一は「ロッキー」を見て、「だれでもやるトレーニングだけで超人的な成果を挙げたのなら、ロッキーはもともと天才だったのだ。が、ぼくたちが見たいのは、天才が天才として成功する物語じゃない」と書いていた。同様に、生まれながらにして悪の帝王ヴォルデモルトを倒した実績を持つハリー・ポッターの物語は、いつでも常に、天才が天才として成功する物語でしかない。それを救っているのは、かれの友人であるロンくんとかハーマイオーネちゃんとかネヴィルくんとかの、平凡な魔法使いとしての努力や苦労で、おかげでこのシリーズはうまくバランスを保てているのだけれど。

 で、この四巻だ。物語はまず、見知らぬ村のお化け屋敷の話から始まる。そして、世界クイディッチ選手権とそれを巡る騒動の話を経て、舞台はおなじみホグワース魔術学校に移り、そこで欧州魔術学校三校対抗チャンピオンシップが開催されることとなり……

 こう書いた瞬間に、ぼくたちはもう、ハリー・ポッターがそこに出場することがわかってしまう。それだけじゃなくて、それに優勝するであろうことも。対黒魔術の教師が怪しいのも定番だし、最後にまた悪の帝王ヴォルデモルトとの対決があることも、ぼくたちはもうお約束のようにわかっている。いつもの面子によるいつもの活躍。シリーズなんだから、そういうお決まりは欠点ではない。むしろ長所だ。

 が、この異様に分厚い第4巻でローリングはそういうシリーズお約束をはるかに越えた、怖いくらいの大風呂敷を広げてしまっている。

 本書はすでに、最終巻の第10巻が書かれていて、金庫に封印されているそうな。各巻はハリー・ポッターのホグワース魔術学校での一年を描いているから、数巻後にハリーくんはホグワースを卒業だ。その後は? それを含めて、今後のシリーズがいかに困難な問題を扱うことになることか。もしそれを成功裏になしとげられるなら、ローリングは化け物だ。が、この四巻で、彼女はすでにそれをやるしかない方向に話を広げてしまった。

 たとえば。この四巻で、ローリングは男女交際の問題を導入した。間もなく、性の問題をまともに扱わざるを得なくなるだろう。10巻までに、ハリー・ポッターは十分に成人しているだろうから。そして見てごらん。この段階ですでに、魔術師純血主義と、魔術師・人間混血容認主義との間の対立が、すでに悪者集団と善玉集団とを区分する条件にまで格上げされている。いつか、ローリングはこの問題をまともに扱わざるを得なくなるだろう。そして、それも一筋縄できれいには扱いきれないだろう。すでに、悪の帝王ヴォルデモルトと善玉代表ハリー・ポッターが、ともに魔術師と人間との混血であることが明らかになっている。単純な純血対混血主義、という話ではすまない。さらに、人間世界との共存を打ち出すなら、現時点ではイヤなひたすらバカにしていい嘲笑の対象とされている、親類のダースリー一家と、なんらかの形でハリーは和解を迫られるだろう。いまのファンを裏切らずに、どうすればそれを実現できるだろうか。同時にそれは、人間側にも魔術世界の認知を迫るものにならざるを得ない。

 一方で、ホグワースを卒業したかれの進路問題は? どっかの魔術大学とやらが出てきて、そこに進学することになるのかな(でもいままでそんなものは顔を見せていないのだけれど)。それとも、就職? その過程で、ハリーくんの自立問題が必ず登場することになる。

 同時に、多文化共存の問題も、本書の欧州魔術学校対抗戦で導入された。もうこれだけではすまないだろう。たぶん七巻あたりは「ハリー・ポッターと五輪の書」とかそんなものにならざるを得ないだろう。それは、このシリーズが、21世紀に書かれていることの、必然的な宿命だ。

  さらには、友人の中のだれかと、決定的な決別をハリーは体験せざるを得ないだろう。必ず身近なだれかが、悪の側に奪い去られる。たぶんそれは、ネヴィルくんだ。そして最終巻で何が起こるか、ぼくたちは想像がつくはずだ。悪の帝王ヴォルデモルトが倒されて、めでたしめでたし? まさか。今後、ハリー・ポッターとヴォルデモルトとの共通点が、ますます浮き彫りにされるしかないだろう。第四巻で、その方向性ははっきり出てしまった。人間と魔術師との混血であること。杖が兄弟分であること。いずれ必ず、ハリーとヴォルデモルトがごく近い血縁関係にあることが明かされるだろう。そして最後にハリー・ポッターは、自分自身の暗黒面との対決を迫られることになる。これまた定番ではある。が、それを児童小説の枠組みでやるとなると……

 この六百ページを越える「炎の盃」を読み終えて、ぼくはこのシリーズへの期待を変えた。ローリングは、ふつうの定番パターンに安住することもできたはずだ。でも、この四巻で彼女は敢えてその道を捨てて、困難な方向性を選んでいる。それが失敗すれば……まあそこそこできのいい児童小説で終わりだ。が、成功したら、それはいまの(そう、まさにいまの)世界にとって、すさまじい意義を持つ。この物語をインプリンティングされる子どもたちの世代がどうなるか考えてごらん。小説なんかに、そんな期待を持つのは大げさかもしれない。が、このシリーズのいまのパワー、いまの勢いを見たとき、この期待はあながち荒唐無稽ではない、かもしれない。

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