Valid XHTML 1.1! Spoon.ARIgATT 連載第?回

幸せな関係のある雑誌たち。

(『CUT』2001 年 9 月)

山形浩生



 雑誌のレビューっていうのは滅多になくて、まあ話題になるとしても「少年ジャ ンプ」が何部売れてるとか、「フォーカス」が休刊になるとか、社会現象的な何 かとして言及されることはあっても、その中身についてきちんとした物言いを読 むことっていうのはあんまりない。

 実際には多くの人は、本を買うよりも雑誌を買うことのほうが多いはずなのね。 だから雑誌評のほうがずっと役にたつんじゃないか、とも思う。雑誌はすぐ入れ 替わるし、だから雑誌で雑誌評をやっても、という理屈はあるだろう。でも本当 に読者として大事なのは、実は個別の号の個別の記事がどうこう言う話じゃなく て、たとえば半年くらいのスパンで見たときにその雑誌が漂わせている雰囲気と いうかノリがあって、そっちのほうだ。それはそんなに急には変わらない。誌面 刷新とか編集部入れ替えとかでもない限り。人と雑誌の関係というのは、毎号ご との単発ではなくて、実は下手な単行本よりはずっと長いつきあいだ。

 そういう関係がもてる雑誌は、もちろんあまりない。最近腐るほど出た、とう の立った女向けの雑誌はどれも完全に腐ってて、日本の女って不幸だなという感 じがするけど男がましかといえばそんなことは全然なくて、『BRIO』を筆頭に一 時湧いて出たブタの飽食みたいな新男性誌の自足しきった低俗さ加減はもっと劣 悪だった。で、『smart』は一瞬よかったとか『Warp』はがんばってた、という のはあるんだけれど、決め手に欠けるというか。女雑誌では『Cutie』が最近凋 落気味で『オリーブ』は、復活しないほうがよかったんじゃないか、とか。創刊 当時の『AXIS』や最近調子の戻ってきている『選択』とか不動のThe Economist とかここでかつて紹介したいくつかの雑誌とか。そういうパワーや輝きを持ち続 ける雑誌というのはほんと少ない。

 『spoon.』は、そういう雑誌になれるかもしれない。少なくともここ3号ほどは とってもいい。もちろんぼくが緒川たまきと市川実日子のファンというのもある (ただし緒川たまきは、この路線ではもう後がないぞ)。でもそれだけじゃない。 これは一応女の子向けファッション雑誌のようなものだけれど、カタログっぽさ を極度に抑えた、かつての『オリーブ』のファンが集まるような、なんかそんな 雑誌。これのよさというのは、読むところがきちんとしてて、文章がまともで、 さらにデザインも、落ち着いて見たり読んだりするのをうまくサポートしている こと。最新号は安曇野ちひろ美術館の紹介が巻頭 15 ページくらいにあるけれど、 美術館の展示や家具紹介から、いわさきちひろが共産党員でその思想が彼女の絵 の魅力につながっていることまできちんと書かれていてすごい。「かわいい」と かいうだけの馬鹿なものじゃないし、その文に使うフォントまで配慮の行き届い た選び方になっているのは感動もの。

 そして全体のあまりつめこみすぎないゆとりあるレイアウト。ぼくが『JJ』と か見てカンにさわるのは、そこに充満する卑しさのせいで、その卑しさはあのこ ちゃこちゃとしたつめこみ具合に現れているのだ。気取りたい、上品ぶりたいと 思ってるくせにそのための投資(消費じゃなくて)をする気もない連中のために 情報満載したつもりで実は優柔不断、自信がないゆえの饒舌。そして「載せりゃ いいだろう」という、個々のモノを軽んじた傲慢。そういうのがまったくない。

 一方で、一時のデザイン誌にあった無用に余白をたくさんとったような、これ 見よがしの余白でもない。ちゃんと読んでもらうため、ちゃんとモノを見せるた めのゆとりを考えたらこのくらいに落ちきました、という、とてもしっくりくる 余白の感じ。いいな。

 それとただの直感だけれど、これはなにか so-net が関係しているんだろうか。 もしそうなら(そうでなくても)その意味でもこれはいいでき。いま、インター ネットと雑誌をどう共存させるか、どうつなげるかというのはみんな悩んで模索 しているけれど、本当の意味で成功しているところはあんまり思いつかない。 CD-ROMを付録でつけるとか、あるいはアイドル雑誌i-Cupidみたいにバーコード リーダーを無料で配って、雑誌のいたるところをバーコードまみれにしておくと いうのも、一案だけれど、一方で雑誌の誌面を汚くする。CD-ROMは無骨だし。こ の『spoon.』くらいさりげないほうが、実はいいのかもしれない。しかもそれが かなりあちこちにそれがチラされていて、結構意識には残るつくりになっている。  もう一つ最近いい雑誌が、「ARIgATT」。これはたてまえ上は飲食店経営者向 けの雑誌、みたいなもので、店としての新しさなり魅力なりをどういうふうに打 ち出し、どうやって展開して経営的に成立させるとうまくいくかというのを紹介 している雑誌といえばいいのかな。でも、こういう店が魅力的だぞ、という視点 は経営者以外でも役にたつ。そしてそれがこの雑誌のおもしろさであり、魅力な のね。たぶん買う人の多くは、飲食店経営者なんかじゃない。この雑誌は業界誌 とはちがって、そこらのコンビニや一般書店にもおいてあるし。でもこの雑誌の 想定読者は、一応その大多数の人たちではないはずなのだ。この雑誌のいいとこ ろはまさに、この雑誌がわれわれのほうを向いていない(ようなふりをしている) ところにある。

 それはなかなか微妙なバランスだ。雑誌を作っている人たちは、それがわかっ ていて、その上で読者と一種の共犯関係みたいなものを構築していて、だからあ んまりこっちのほうを向かないように努力はしていることがうかがえるんだ。そ の幸せな共犯関係がある限り、ぼくはこの雑誌を買い続けるだろう。でもどうか な。特にここ数号、チラチラとこっちを気にしちゃってるところが強まっている ような気がしなくもない。もう一年くらいはもつかな。でもその危うさのせいで 毎号手に取っているようなところもあって、実はうまいこと術中にはまっている のかも、という気はしないでもない。

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