ロボコンマガジン 連載第?回

夢のロボットたち:「ロボコン・マガジン」は楽しいぞ。

(『CUT』1999 年 10 月)

山形浩生  Valid HTML 4.0!



 それはたとえばこういうことだ。あるとき、本屋に入ってうろうろしているうちに、見たこともない雑誌をふと目にする(本のときもあるけれど、たいがいは雑誌だ)。扱っている分野も、きいたこともない代物。あるいは、耳にくらいはしたことがあっても、身近なものとしては考えたこともないような分野。でもその雑誌を見ると、その分野が実はかなりいろいろ怪しい動きを見せていて、しかもそれがずいぶんと身近な、こちらにも手の届くようなところでも、怪しげな人がとっても楽しそうにうごめいている! それまで自分に縁があるとも思っていなかった世界が、急に目の前に開けてきて、なんだか無性に心が動いて、その雑誌を買い込んでそれを隅から隅までむさぼり読むんだ。

 むかし初めて、「I/O」や「トランジスタ技術」や「アスキー」を買ったときがそうだった。おお、マイコン(と昔は言っていた)! 自分でコンピュータ作れるのぉ? あるいは、いまは亡き「W3 Magazine」を買ったときがそうだった。なになに、インターネット?! World Wide Web? あるいは「Linux Journal」を初めて手にしたときがそうだった。え、Unix 互換 OS を無料で配ってる? ウソ! 技術系でなければ、1992 年くらいに香港で Vietnam Business Journal を初めて見たときでもいい。まだホーチミン市にオフィスビルが一本も建っていなかった頃だ。こんな可能性のある場所が、いままでだれも手をつけていないまま残ってたのぉ? ベトナムなんて未だにベトナム戦争の焼け野原じゃなかったのぉ?

 そこには夢があるんだ。しばらく前にロッキングオンから「SIGHT」という雑誌が出て、そこの書評にも書いたんだけれど、ビジネスは金勘定だけでは決して成立しない。人が何かに心動かされて、なにか行動を起こしてしまうのは、決して金だけじゃない。経済学者はそこで、いや、人はその将来の可能性を現在価値換算していて、そのオプション価値が人を動かしているんだ、というようなことをしたり顔で言ったりするけれど、えらきゃそのオプション価値を計算してみればいい。もうかるかどうか、なんて計算をする以前に、そもそもできるのか、という部分の見込みだけで人は動く。これができたら、あれもできる、こんなのもありかも。そういう妄想のふくらみ加減が夢だ。

 そしてその夢にかられて、ぼくはその次の週末くらいに、ふらふらと秋葉原に出向いてしまうのである。いきなりインターネットプロバイダと契約し、数時間かけてLinuxをダウンロードして悪戦苦闘を繰り広げ、あるいは戻ってすぐにベトナムのビサの申請を出し、翌月にはホーチミンにでかけてしまう。すると、そこは想像以上にすごい変な世界なんだ。もちろんぼくが気がつくくらいだから、他にも目端の利く人はたくさん入り込んでくる。そしていずれ、その分野はだいたい制覇されてしまう。そうなったら、まあビジネスの人がやってきて商売するのもいいだろう。でも、おもしろいのはその前の段階だ。

 次はなんだろうな。もっとおもしろいことってないかな。

 そこへ最近出てきたのが、この「ロボコン・マガジン」だった。ロボット総合情報誌。

 決して洗練された雑誌じゃない。表紙やレイアウトも、このCUTの前じゃ見る影もないくらい泥臭い。さらに対象読者も、基本は工業高校生くらいだけれど、あまりしぼられていない。ノミの研ぎ方、なんていう話から市販キットの組立記事に始まり、一方ではかなり高度な回路設計やプログラミング、さらには巨大ロボットアニメの系譜なんていう、関係ありそうななさそうな読み物まで、とりあえずロボットに関連したありとあらゆる話題がつめこまれている。

 上にあげた雑誌群もすべてそうだった。いずれこういう状態が終わって、高度な読者はもっと高度な記事を求め(あるいは『日経メカトロニクス』あたりに移行し)、初心者は入門記事をもとめ、そうなると雑誌自体がどっちつかずになって衰退するか、あるいは初心者向け、上級者向け、ビジネス向け、といった具合に分裂してゆく。でも、いちばんおもしろいのはいまくらいなんだ。なにもかもがごっちゃになって、なんかオレでもできそうで、ちょっとがんばればこの高いほうのところにもいけそうな雰囲気。

 まあぼくはさておき、たぶんいま日本中で、同じことを感じてこの雑誌を隅から隅までなめるように読みふけっているいる中学生・高校生が何百人かはいるだろう。各地でやってるいろんなコンテストに出るべく知恵をしぼっているだろう。いずれそれは万単位に成長するだろう。そしてそいつらが10年以内に、日本の(ではないかもしれないけれど)新しい産業をなんらかの形で担う存在となるだろう。

 夢が、ぼくなんかでも手の出せるような大衆化された夢として成り立つには、もちろん雑誌が出るだけじゃ足りない。ロボットに関する興味は昔からあったわけだけれど、それがここ1年くらいかな、そのくらいの感覚で、急にいろんな実際のものが登場してきている。夢の受け皿とでも言うかな、そういうインフラができてきている。インターネットのときでもそうだけれど、あるときいっせいにいろんなものが示し合わせたように同時に立ち上がってくるのは、とても不思議だ。福岡のエレキット(イーケイジャパン)が、ロボットアームを出したり、ファジー制御のロボット WAO-G を出したり。個人的には、あのロボアームを 98 年の年末に買って「このなんでもバーチャルシミュレーションの時代に、こういうメカメカしたのっていいなあ」と狂喜していたのが一つの発端だ。トヨタの P3 は別格としてソニーのペットロボット AIBO も大きい。ハイエンドではああいうことまでできちゃうのか。一方では、レゴのマインドストーム(という、ロボットをつくれるレゴのパーツが出たのだ)が出てきて、手軽に自分の思いつきを自分で組み立てられるようになってきた。そしてそこへ、この雑誌が出てきた。これで一通りそろった。

 この雑誌を読んでいると、いろいろ空想が広がる。ソニーの AIBO がたくさん出回って、もっとかなり安くなって、いろいろ改造できるようになったら、なんかすごそうだな。ファービーというおもちゃがあって、欧米ではあれのプロトコルを解析して遊ぶ HackFurbyプロジェクトが動き出している。ソニーはさっさと AIBO のインターフェース仕様 OPEN-R を公開すればいいのに。HackAIBO。「ロボコンマガジン」に出ている、マインドストームで AIBO もどきをつくるとか(しかも直立歩行しますって、スゲー)も楽しいぞ。もっともっと、いろんな可能性がある。通産省は日本の新規産業を本気で考える気なら、いまからこういうのをガシガシ支援しなくてはならない。いや世界的にも、いま夢は枯渇している。その夢を育てることを本気で考えなくてはならない。この「ロボコン・マガジン」には、その夢の一つが詰まっている。それがあなたには見えるだろうか。感じられるだろうか。


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