マイクロソフトシンドローム 連載第?回

がんばれ!! 微かに軟らかい症候群

(『CUT』1998 年 10 月)

山形浩生



 わたくし、連載している雑誌をつぶすという特技を持っておりまして、このわたくしの毒牙にかかった雑誌といえばもう、古くは懐かしの『シティロード』から最近ではあの『ワイアード』(涙)まで、それこそ星の数。

 いえ、決して何かよこしまな行いで各雑誌を窮地に追い込んだりしているわけではございませんで、唯一あるとすれば、まあわたくし生来の天の邪鬼でございまして(いや、というのはうそで、生まれたときは一点の曇りもない素直なガキだったようで、その後さまざまに不幸な人生経験を積んだ結果として性根がよじくれたようですが、それはさておき)、その雑誌のカラーにそぐわないものをこじつけてつっこみたがりますもので、断末魔でなんでもありのときでないと、何の話が出てくるやらこわくて編集者としてもわたくしに仕事を頼みにくい、というのはあるようです。わたくし守備範囲だけはシベリア並に広うございますもので。

 ただ、わたくしそれ(というのは雑誌をつぶすことではなく、目先のかわったネタをふること)は必要なことだと思っております。オヤヂ雑誌でファッションとロックねたをふり、トレンド情報誌でがちがちの学術書を引き合いに出す。若人雑誌でビジネス話をして、コンピュータ雑誌で建築と売春の話をする。それは常に無関係なようで無関係ではないのです。

 この CUT にコンピュータおたく本の紹介を書くにしても、読者のかなりの部分はなんらかの形でコンピュータのお世話になり、微かに軟らかい会社(というのがマイクロソフトだ、というのはご理解ください)や林檎社(いわずもがな)などに人生の少なからぬ部分を左右されていたりするわけでございます。それについて多少は知っておいてもバチはあたらぬでしょう。それではまいりましょう。タネ本はこの『マイクロソフト・シンドローム』(外崎&梅津著、オーエス出版)。

 この本は、インターネット上での定期・不定期連載を二本まとめて、本にしたもんなのですが、その一本が外崎の人気コラム「がんばれ!!ゲイツ君」です。わたくしを含めその筋の人は、月曜の朝に出社するとまず、コンピュータをたちあげて「がんばれ!!ゲイツ君」の最新号を読むのが習慣となっております。

 「がんばれ!!ゲイツ君」はこの本の前半を占めるんだけれど、いわば健全な感覚をもったエンジニアのバランスのとれた業界批評でございますな。中でも微かに軟らかい会社は、寡占状態にあるがためにマーケティングと露骨な情報操作だけに頼った殿様商売をしていて、ユーザの声をぜんぜん聞こうとせず、それがさらに商品としての欠陥の多さを招いており、それがさらにマーケティング偏重に拍車をかける――そういう基本的な構図をおさえつつ、偏執狂的なバッシングに陥らない落ち着いた議論を展開してくれております。コンピュータ業界の動向について何かきいたふうな口をたたきたい御仁は、ここに書いてあるような内容を一通りおさえてからにしていただけないものか、という感じです。非常に安定した中級者向けコンピュータ・くりちしずむ、とでももうしましょうか。

 ところが後半戦の梅津「窓と林檎の物語」編になると、これが文体から何からがらっと変わっちゃうのである。この後半戦のおもしろさというのは、スウパア初心者向けの技術解説と超マニアックなネタふりとが平気な顔して共存していることで、たとえばこの文章はなんでも翻訳して漢字にしてしまうという支那技を駆使しておるため、「陰照ってインテル!」「国際仕事機械」で「がははは、IBMぅ」と一瞬にしてわかるようでないと、この本の後半は味わいきれんのである。「ペンティアム2はファミコンのカセットと互換性があるといわれる」なんてネタで笑うには、ペンティアム2ってのの格好を知らなきゃいけない。思考機械の接続機械のランプちかちか、というのはまあ、よほどその筋の人じゃないと知らんわい。だがそういうネタは全部ページの下に説明がついてるから、まあ知ったかぶりには困らんのだな。

 しかしその一方で、コンピュータの基礎的考え方をへんてこなたとえ話で処理するこの人の手腕は侮りがたいものがある。コンピュータに仕事をさせるには、語彙を増やして一発で難しいことをさせるやりかたと、単純な命令をたくさん組み合わせるやりかたとあるんだけれど、その功罪を「動きの早い幼稚園児」なる小話で見事に説明しきってしまった手口をネット上で読んだ時には、この我輩ですらしゃっぽを脱いだ次第。

 というわけで、勉強になるし、読んでいておもしろい。この本の読み方としてはまず後半を読み、前半に戻って、また後半に戻り、と何度か往復するのが望ましいぞ。ここに書いてある内容をおさえておくだけで、世の中のビジネス書レベルのコンピュータ業界情報はほぼわかるし、しかもその背後や頭上や足下でうごめいているいろんな考え方や動向についても一通り勉強できてしまう。単なる内輪の悪口ごっこではない、本当に役にたついい本だし、おまけに読んでいて笑える。これで 1,200 円なら安い安い。すぐ買いなさい。すぐ、であるぞ。

 「すぐ」を強調したのにはわけがある。この本は刊行直前までいきながら、「その筋」から物言いがつくのではないか、一応は外資系だから金にあかせて訴訟にでも持ち込まれちゃたまらん、ということで、一時は発行そのものすら危ぶまれたという経緯をもつ本なのである。そしてそういう心配が出た背景は、いまだに存続しているのである。

 はは、取り越し苦労だよ、まさかね、とおっしゃるあなた。チッチッ膣々、それはあなたの考えがサッカリン並に甘いのである。かつてある雑誌に中村正三郎(というとってもえらくておもしろい書き手)が、微軟社日本出張所所長が実はソフト国粋主義者の傀儡で、それがミカンせいじん(ウゴウゴルーガ全盛の頃だったのだ)に襲撃される、というジョークを書いたんだが、当の所長「ミカンせいじんに襲撃されるなんて、その記述に恐怖を感じた」とのたまい、いきなりその雑誌の発行元に情報提供停止および出入り禁止措置というめちゃくちゃな所行に及んだ前科がホントにあるのだ。くわばらくわばら。

 というわけで、この本もかなりひやひやする部分がある。ウェブ上のものより記述をおさえてるし、配慮はしてるみたいだけれど、あそこに限っては何するかわからん。何がおきるかわからん。だからあるうちに、みかけたら手に入れておくのだぞ。そのときには万引きなどせず、ちゃんとお金を払うようにな。お金がなければ(あるいは、諸般の事情で実物がなければ)ネット上でかなりの部分は読めるから、それで我慢するのだぞ。わかったかな。ではまた。


CUT 稲田さま

遅くなってすみません。よけいな話が多くて本自体の話がなくなってしまった……

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YAMAGATA Hiroo (hiyori13@mailhost.net)