夢の書 連載第?回

かなしいウィリアム・S・バロウズ

――そして駆け足のマルチリンガル環境。

(『CUT』 1997年10月発売号)

山形浩生



 ウィリアム・バロウズが死んで、繊細なぼくがいかにショーゲキを受けたか、とゆーよーな吉本ばななまがいのセンチな感想文を書いてみたい気がないわけではないんだけれど、それはやっぱウソだな。じいさんの訃報が伝わってきたのは、これからニューヨークにでかけようという数日前だったが、あまりの衝撃にその日は仕事が手につかず云々というようなことはまるでなく、ああそうか、まあそろそろ歳だったもんねー、追悼文の仕事がいっぱいくるかなー(結局これを含めてたった 3 つ)、するとこの時期に留守にするのはタイミング悪いなー、というくらいの感想しかなかった。だって、もうじいさんは創作の第一線を退いていたんだもの。インタビューで、もう対外的に発表する文はぜんぜん書いていない、と言っていた。これからいくらでも新しい世界を切り拓けたであろう岡崎京子が事故るのとは話がちがう。

 ぼくがこの時期にアメリカに行ったと聞いて、「お葬式に出たんですか」と勘違いする人も多かったようだけど、会ったこともないのに葬式になんか出ないって。葬式は身内の儀式だもの。世界ハッカー会議に出てたんだよ。で、ニューヨークの文芸筋の連中も、別にバロウズが死んだことで特に衝撃はないようだった。「死んだね」「死んだねー」。そんだけ。ニューヨークタイムズがなかなかいい追悼文を出したんだけど、「あれは出来がよすぎるから、たぶん 4 年くらい前から用意してあったんだろう」と冗談まじりのうわさがとびかっていた。まあ、そんなもんだ。

 たぶん当のバロウズも、やっと死ねてほっとしているんじゃないかと思う。もうやりたいことは一通り終えた。仲間の残党ギンズバーグもリアリーもここ1年ほどで続々と死んだし、家族も残っていない。もう、することがない。晩年はいなかで、愛人兼秘書や取り巻きの男の子たちに囲まれてぼーっと暮らしていた。

 バロウズの遺作をいま訳している。My Education。いろんな夢を特に脈絡もなく適当に並べた本なんだけれど、とっても悲しい。父親に同性愛のことがバレて、その後気まずくて一生まともに口をきかなかったこと。向こうが仲直りしたがっていた時にも、そっけなくしてきっかけを殺してしまったこと。母親を看病すると言いつつすべて兄におしつけて、臨終も看取れなかったこと。そしてその人たちがみんなもう死んでしまって、今さら何をどうしようもないこと。夢特有の、はっきりしている時もしていない時も、なんだか裏に流れる雰囲気だけが妙に突出してくる感覚、何の意味があるのかわからなくても悲しさだけははっきり思い出せる、そんな感覚にからめて、こういう具体的な思い出が次々に出てくる。みんな死んでしまった。みんな過去形で語るしかない。かわいがったネコも死んじゃった。後悔、というのでもない。もう、呆けたような諦めが充満している。

 バロウズの一生は、無責任と自由と(一見すると)いい加減さの連続だった。いい大学出て、定職にもつかず、ふらふらして家庭を持つこともなく、ホモで、麻薬やりほうだいで奥さん射殺してもうまうまと逃げおおせ、出来合いの文を切りつなぐだけという安易そうな方法で大作家のカルトアイコンになっちゃう。かれの人気ってのは、実際の作品よりはこういうライフスタイルにある。

 その人が最期の最後になって、こんな深い後悔と諦めの中に生きて、そしてこともあろうにネコ(いや、ネコが悪いわけじゃなくて、犬でも金魚でも同じなんだが)なんかを愛玩している。これまでほとんど一生かけて否定してきたものを、今になって懐かしんだり惜しんだりしている。

 柳下毅一郎は、それでいいじゃんと言うけれど、うーん、ぼくはいやだ。たとえば村上龍が 80 になって、盆栽にはまって「万年青かわいい」とかいう小説を書き散らしてたら、たぶんいまの読者はみんな腹たてると思うんだ。あんだけ傍若無人なパワーで書きまくってた人間が、歳くってチマチマまとまってんじゃねえ! という感じで。「やっぱ人間、家族が一番です」というような小説書いたら、失笑されると思うんだ。

 バロウズの場合、失笑とか腹立たしいというよりは、やっぱそうか、という感じだ。自由さ、身勝手さ、無責任――若い頃はみんなあこがれ、実践もしてみるけれど、中年になるとだんだんそうも言っていられなくなるのが通例なんだが、バロウズだけは例外だった。バロウズを見ろ、気合いさえあればずっと自由と無責任を貫けるのだ――一部の人はそう信じていたし、それを励みにしていた。それがあのバロウズすら、高齢には勝てないのか。やっぱりそれは、仕方ないのかもしれない。でもやっぱいやだ。これから数年、バロウズの一生(そして死)の与える文化的な影響というのは、たぶんそういう形で効いてくると思う。具体的には、何らかの家庭重視や懐古的価値観の復活といった形態で。

 バロウズの話でスペースがなくなった。ホントは雑誌『ジャップ』が、ISO 規格準拠のローマ字表記で全誌貫徹するという蛮勇というか快挙というかをやってくれた話と、それにからめて錦見/ 半田 / 吉田他『マルチリンガル環境の実現』(プレンティスホール)、三上 / 関根 / 小原『マルチリンガル WEB ガイド』(オライリー)といった、コンピュータ上での多言語環境に関する本の話もしたかったんだけど。今みたいに、日本語と英語だけしかまともに扱えない(たいがいのところでは、それすら満足にできない)環境では、早晩やっていけなくなるんだ。すでにぼくの本業でも、支那語と朝鮮語とロシア語は欲しい。前者はシステム的な話で、スタンダードとなるべく運命づけられた本だし、後者はインターネットのホームページにおいて多言語をユーザレベルでどう実現するかという、ちょっと他に類を見ない奇書。でも、あと 10 年以内に多方面でこれを本気で考えなくてはならなくなる。そういう話をしたかったんだけど、それはまた今度。

 で、バロウズか。あのじいさんは、死後の世界を信じていたんだけれど、あの世でちゃんと、この世では仁義をきれなかった人々にあいさつを果たしただろうか。そういえばかれは最後まで、射殺した奥さんの話と、疎んじて死に追いやった息子の話をせずに一生を終えてしまった。奥さんの射殺については、最後まで「事故だ」「悪霊に憑かれたんだ」と逃げ口上ばかりだった。その一件がきっかけで自分は書き始めたんだ、あれを精算するために自分は書いているんだ、と『おかま』では語っていたけれど、最近ではそれももう忘れてしまっていたようだ。かわいそうに。一方でやりたい放題やった挙げ句の押しも押されぬ大往生にはちがいないけれど、もはやこの世には何の未練もなく死ねたにはちがいないけれど、でも別の一方で、ぼくはかれの一生を見て、ちょっと考えてしまうのだ。やっぱり、ああなるしかないのだろうか、と。



CUT 1997 インデックス YAMAGATA Hiroo 日本語トップ


YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>