Valid XHTML 1.1! コンサルタントの秘密 連載第 5 回

ぼくの秘密を教えよう:コンサルタント業究極の暴露本。

(『CUT』1991年4月)

山形浩生



 この仕事をはじめてぼくが最初に悟ったのは、自分がいかにものを知らないか、ということだった。こう書くと、あの傲慢不遜な山形にもそんなしおらしい悟りがあるのか、と驚く人もいるだろう。そういう人々は自分のせっかちさをよく反省する必要がある。というのも、自分の無知を悟った一週間後からぼくが徐々に気がつき始めたのは、ほかの人だってぼくと比べてそうそうものを知ってるわけじゃない、ということだったからだ。さらに、知りすぎているがゆえにかえってものが見えないこともあるのだ、ということも、現場の人と話していると往々にして感じられてくる。こうして、最初の悟りからわずか一か月たらずで、ぼくはもとどおりの偉そうで傲慢不遜な人間に戻ったわけで、しかも変な開き直りの分だけ扱いにくくなってしまったのは我ながら困ったものだと思う。

 ところで冒頭の「この仕事」というのを、CUTに自画自賛めいた駄文を書き連ねることだとか、あるいは日本にわずか数千人の読者しかいないポピュラリティのない小説だの歌詞だのを翻訳することだと思った人は、自分の注意力の散漫さをよく反省する必要がある。前々号のこのコラムの末尾に編集部が付記したコメントに明記されている通り、ぼくは某研究所の地域事業コンサルティング部というところに所属する勤め人であり、こういう名前の部に所属する以上、職能としてはコンサルタントの駆け出しなのである(論理的には)。

 コンサルタントと聞いて人は何を思い浮かべるのだろう。「旅費向こう持ちでカッコいい場所に旅行するとか、熱心に耳を傾ける依頼主にきらきらしたアドバイスをすると、それがただちにつべこべいわずに実行されるとか、ごくわずかな労働ですごい報酬をかき集めるとかいうこと」? ぼくの一年ほど前のイメージは、何やら紛糾している(あるいは煮詰まって重苦しい雰囲気の漂う)会議室にぼくがふらりとやってきて、紙切れをペラッと広げると、それを見た瞬間、みんなの頭の上に電球だかアセチレンランプだかがともり、「なぜこんな簡単なことを!」と一同は髪の毛をかきむしりつつそれまでの方針を180度転換させて、すべての問題にケリがつき、大いに感謝される、といったようなものだった。

 もちろんまともな現実感覚を持った社会人であれば、そんなことは絶対に起きないくらいのことは当然知っている。まず、180度の方針転換なんて革命が起きたって不可能な変化である。「たいていのとき、世界のたいていの部分では、人がどれほどがんばろうとも意味のあることは何も起こらない」(ワインバーグのふたごの法則)のであり、しかも「第一番目の問題を取り除くと、第二番が昇進する」(ルウディーのルタバガ法則)のである以上、すべての問題にケリがつくなんてありえない。それに外部からちょっとつつかれたくらいで180度も変わってしまうような組織は、自己修復能力がないという意味でほとんど絶望的である。さらに、「どんな処方にも2つの部分がある。その一つは薬、もう一つはそれが正しく使われることを保証するための方法だ」(大秘密第三番)という話からもわかるように、180度の方針転換の後にはそれを実施するためのつらいプロセスが待っているのだ。が、大学院出たての青二才には、その程度の現実認識すらもないわけで、これを克服するには数ケ月もかかっただろうか。

 あの頃この「コンサルタントの秘密」を読んでいればなあ、と今にして思う。そうすればこんな妄想にふりまわされる期間も、多少は短くてすんだのではないかな。この本はおおむね健全な常識主義の立場に立っているのだけれど、コンサルタントの仕事の大きな要素というのは、顧客に対してある種の常識を提示することなのだから、この立場は圧倒的に正しい。「こんな当たり前のことをわざわざ専門家の集団に向かって解説する必要があるんだろうか」という日頃の悩みに対して「世の中、コンサルタントを呼んでくるような事態というのは、往々にして過去のしがらみや情報過多などのために常識が見えなくなっていることから生じるのだ」という本書の主張は大いに説得力がある(もちろんそのほうが、ぼくとしても仕事が楽だし。人間はなにかにつけて安きに流れたがるものである)。

 本の中身は、上に挙げたようなバカな名前の法則と、その由来となったバカなエピソード集。そのすべてにこの稼業と、それにとどまらず「問題解決のために人に相談する/される」という行為一般に対するしごくまっとうな認識がある。それは結局、「変化」に対する考え方に帰着する。変化は避けがたいものだ。「変化を食い止めたり和らげたりしようとして幻想を作り出すと、変化はますます起こりやすく、また受け入れにくくなるものだ」(ロンダの悟り)。コンサルタントに、そして変わりたい/変わらせたいと思う人にとって、最大の問題とはその幻想を取り除くことなのだ。この本のおかげで、自分の職能に対するぼくの幻想はかなりの部分取り除かれた。その意味で、これはぼくにとって真の意味での実用書である。

 昨年12月に出た本書は、3ケ月ではやくも9刷に達している。いい本が売れるのは喜ばしいことなのだが、これはたぶんそのタイトルと内容とともに、その説明のたとえ話に充満するばかばかしいユーモアのおかげだ。(理系らしからぬポカはあるものの)それを十二分に生かした翻訳を得て、本書は80ー90年代の「パーキンソンの法則」に匹敵する快著となりおおせている。前々回の「rootから/へのメッセージ」同様にコンピュータ方面の棚にあるケースが多いので、がんばって探し出すように。それだけの価値のある本だから。

 と書いたところで不安になって知り合いに聞いてみると、案の定誰も「パーキンソンの法則」を知らないではないか。ほら、言わんこっちゃない。世の中の連中なんて、まるっきりものを知らねえんだから。数十年前は、サラリーマンの必読書だったんだぜ。いずれこういう過去の名著にも再び日の光をあてなおしてやる必要があるとは思うが、今回は残念ながら紙幅がつきた。それに、「ネタは出し惜しみするように」というのもコンサルタントの重要な処世術の一つである。これを「山形の第一原理」と呼ぶことにしよう。


「コンサルタントの秘密  技術アドバイスの人間学」
G.M.ワインバーグ著 木村泉訳、 共立出版

遅ればせながら、原稿です。書評の部分より自分の話が多くなりすぎたので、いま一つ歯切れが悪いのですが。前回と違って、「おいしいコマーシャルな」ものにはなっておりませんが、わたくし諸般の事情から、最近コマーシャルな方面はとんとご無沙汰でございますのであしからず。次回までには「ディファレンス・エンジン」か「窯変 源氏物語」かなんかを読み込んで、ご期待に添えるように努力致します。特に「源氏物語」はなぜ各方面に黙殺されているのか、わたくしには解せないものがございますので。
 ご不満等ございましたら、またご連絡を。では。



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