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: みごとな青あざ : 宇宙創生期ロボットの旅:前史3編 : かくて世界は破滅を免れた   目次

トルルの機械

今はむかし、宙道士トルルは、八階建ての思考機械を建造し たことがあった。組み立てが完了すると、トルルは機械に、白 いペンキで上着をきせ、ふじ色のふち飾りをあしらい、数歩さ がってすかし見たあと、正面に小さな渦巻きをつけ加え、ちょ うどひたいと思われるあたりに幾つか薄いオレンジ色の水玉を 画きたした。すっかり上機嫌になった彼は口笛をふき、こうし た場合の恒例として、機械に、二たす二はいくつ、と形ばかり の質問をした。

機械は小さく身じろぎをした。真空管が熱くなりはじめ、コ イルが温まって、全回路に電流が滝のように流れこみ、トラン スがうなりをあげて脈をうち、あちらでガタゴト、こちらでポッ ポ――時ならぬこの騒鳴に、さすがにトルルも、これはひとつ、 特別製の頭脳用消音器でもとりつけたほうがいいのかな、と考 えはじめた。その間にも機械はなおも、まるで宇宙最大の難問 でもつきつけられたかのように、うんうん呻吟し続けた。土台 がゆらぎ、震動で基礎の砂がずれ、シャンペンのコルク栓のよ うに弁がポンポンふっとび、過負荷で継電器がイカレそうに なった。トルルの忍耐が極に達したとき、遂に機械はギィーッ と急停止し、雷鳴のような声でひとこえ発した。「七!

「ばかだな、おまえは」トルルは言った。「答は四だ。ちっとは おとなしくして頭を冷やせ! さあ、二たす二はいくつだ?」

七!」はじけるように機械は叫んだ。トルルは嘆息し、せっ かく脱いだ作業衣をまた着ると、袖まくりして、機械の底のは ね上げ戸を開けてもぐりこんだ。さてそれから、今は六階、次 は八階と、金属の梯子をバタバタ踏み鳴らしながら昇っては降 り、あちらを叩き、こちらを締めつけ、そちらをハンダで固め 直しと、長い長い時間、手直しをして回った末に、ころがるよ うに底までおりてスイッチを入れた。とたんに、内部のどこか で、シューッと音がして、点火プラグからいっせいに青い火花 の髭が生えた。二時間後、煤煙だらけになりながらも心は満ち 足りて出てくると、彼は修理器具を取り片付け、作業衣をぬぎ、 顔と手をきれいに拭いた。そしてそのまま立去りかけたが ――というのも、疑念のあろうはずもなかったからだが――思 い直して軽い気持で、訊いてみた。

「さて、二たす二は?」

七!」機械は答えた。

  トルルは余聞をはばかられるすさまじい悪態をついたが、そ んなことでどうなろうはずもない――そこでやむなく、またし ても機械にもぐりこみ、接続を切って修理、調整、点検と、さ んざん突っつきまわしたあげく、三たび、二たす二はと問うて、 七と答えられたトルルは、遂に絶望して機械の底にへたりこん でしまい、クラパウチュスに発見されるまでそのままの格好で うずくまっていた。発見されたとき、まるで墓の底からでも救 出されたかのような、そんな表情を見せたので、いったいどう したのかとクラパウチュスに訊かれ、トルルは事の経過を説明 した。そこでクラパウチュスも自身で二度、中にもぐりこんで あれこれと修理を試みたあげく、一たす二はと問うたところ、 六と答が返ってきた。一たす一はというと、零と答える。クラ バウチュスは頭を掻きむしり、咳ばらいして言った。

「友よ、こりゃお手上げだぞよ。これはつまり、貴公の企図し た機械ではないのだ。しかしまあ、どんなものにもなにかしら、 ひとつぐらいはとりえがあるものだ――この代物にもな」

「どんなとりえが?」土台に腰をおろしていたトルルは、そう 言いながら土台を蹴った。

「やめて下さい」機械が言った。

「ふうん、こいつ、生意気に、感覚はあるんだな。ええと、な んの話だったっけ? ああ、そうそう……こいつがトンマな機 械であるのは間違いない。それも、そんじょそこらの、並み大 抵のトンマじゃない、いやまったく! こいつは、そう、拙者 の判ずるところ――これでも拙者、この道では、専門家のはし くれなんだからな――こいつは世界最愚の思考機械だ、いやは や、こりゃ軽々には扱えんぞ! その気になってつくろうとし たって、そうは簡単につくれるもんじゃない。いや、実際のと ころ、不可能と言っていい。なにしろ、こいつ、トンマなだけ じゃなくて、なんともはや強情だ――この強情さというやつ、 白痴に共通する特性で、白痴というのはどれもこれも、類を絶 して強情なものなんだ」

「いったい全体、そんな機械に、どんな用途があるというん だ! ?」と言ってトルルはまた、機械を蹴った。

「よしたほうが身のためですよ!」機械は言った。

「ほう、こいつ、警告しとるぞ」とこれはクラパウチュス、無 味乾燥に所見を述べた。「過敏で愚鈍で強情なばかりか、気が短 いときた。これだけたくさん特性があれば、こりゃあ、ずいぶ んいろんなことができるぞ!」

「たとえば?」とトルルが訊くと、

「そうさな、ちょっと一口には言えんが。見世物に出して入場 料をとったらどうかな。史上最愚の思考機械でござい、客はわ んさか集まるぞ――何階あるって言ったっけ、これ? 八階?  いやはや、これ以上図体のでかい低能を、いったい誰が想像で きるね? それに、見世物に出せば、経費がとりもどせるばか りじゃなくて――」

「もういい。見世物なんてお断りだ!」こう言ってトルルはぷ いと立ちあがると、むしゃくしゃするのを抑えかねて、またも や機械に蹴りつけた。

「もうこれで三度目の警告ですよ」機械が言った。

「なに?」機械の声の調子の横柄さに思わずカッとなって、ト ルルは叫んだ。「この野郎……くそっ……」わめきながら、めっ た蹴りに蹴りつけた。「蹴られるだけしか能がないんだ、貴様な ど。ええ、わかったか?」

「あなたはわたしを四度、五度、六度、八度、はずかしめた」 機械は言った。「したがってわたしは今後、数学的問題にはいっ さい返答を拒否します」

「拒否します、だと! おい、聞いたかよ?」トルルはすっか り頭にきて、あたりかまわずどなりちらした。「六のつぎが八だ とさ聞いたか、クラパウチュス?――七じゃなくて八だと さ。数もろくろくかぞえられずに、この大先生、数学は拒否し ます、とさ! これでもくらえ! ほれ! ほれ、これでいく つだ? え、なんです、先生、もっとご所望あそばされるって?」

  機械は震え、ゆらぎ、無言のまま、土台からむっくり起きあ がりはじめた。土台の杭は根が深く、そのうえ、ひきぬくにつ れて桁材が折れまがりはじめていたが、それでも遂に脚をひき ぬき、鉄骨をひきずりながらもコンクリートの土台をばらばら にして、その中から、機械はわが身を解き放った――そしてさ ながら、動く要塞のごとく、トルルとクラパウチュスに押し迫っ た。トルルは呆気にとられてしまっていて、まごうかたなく彼 を圧砕しようとしているこの機械から、逃げることすら思いつ かぬしまつ。しかしクラパウチュスが腕を掴んでそこから引き 出し、あとはもう一目散にふたりは逃げた。ようやくのことに 一息ついてふりかえってみると、機械は巨塔のごとくのびあ がって身をゆるがしながら、じわじわと前進していた。一歩進 んではまた二階の高さまで砂地に沈みこんでしまうのだが、そ れをものともせず、なおも執拗に、バカの一つ覚え、身をひき ずりあげて、真一文字に、ふたりめざして這い寄ってくる。

「こんな無茶苦茶な話ってあるものか?」驚きはててあえぎな がら、トルルは言った。「だってこれは叛逆じゃないか! どう すりゃいいんだ?」

「ここはひとまず、様子を見よう」なににつけても用心深い、 クラパウチュスはそう答えて、「なにか学びとれるかもしれん」

  だが今は、学びとるどころの騒ぎではなかった。機械はいま や、ようやく固い地盤にたどりつき、速度を増しつつあったの だった。内部で、ヒュー、パチン、ボーッ、と音がしていた。 「もうそろそろ、安全装置が働きだすころだ」荒い息をつきな がら、トルルは言った。「そうなったら、プログラミングが膠着 して、あいつ、止まるはずなんだが……」

「いや、そうはいかんぞ」クラパウチュスが言った。「これは並 みの事態じゃない。あいつはひどいトンカチだから、安全装置 がどんなに信号を出したって、気がつきはしないだろうよ。だ が気をつけろ!!」

  機械は今、突進の勢いを増す構えにでていた。はずみをつけ て、明らかに、一気におしつぶしてしまおうというのだ。全速 力でとびのくふたりの耳をかすめて、バリバリと地面を踏みく だく跫音の、恐ろしいリズムが響いた。ふたりは逃げに逃げた ――ほかになにができたろう? 迂回して故郷の地へ戻そう と、努めてみぬわけではなかったが、しかし、退路を断たれ、 しゃにむに追いつめられるままに、逃げまどったふたりは、と うとう、とある未開の無人の地へと追いこまれた。ぶきみな嶮 しい山々が、霧の中に、しだいに姿を現わしてきた。はあはあ 息を切らしながら、トルルはクラパウチュスに叫んだ。

「いいか! 狭い谷に逃げこもう……あいつの通れない谷へ ……くそっ……貴公の意見はどうだ?」

「いや……まっすぐ行ったほうがいい」ぜいぜいいいながら、 クラパウチュスが言った。「たしか、この先に町がある……名前 は忘れたが……とにかく、そこへ行けば――ふうっ!――なん とか身を隠す場所もあるだろう……」

  そこでふたりがまっすぐに行くと、ほどなく前方に家並が見 えてきた。時刻が時刻だけに、路上は事実上無人状態で、ふた りの宙道士は誰にも行き会うことなく、ひたすら先を急いだ。 と、突然、背後の、町の入口あたりで、山崩れのようなすさま じい破壊音がした――機械は真近に迫っているのだった。

  ふりかえって見て、トルルは呻いた。

「なんてこった! あいつ、家々をひきつぶしているぞ、クラ パウチュス!!」断念を知らぬコケの一念、機械は立ち並ぶビル ディングをさながら綱鉄の小山のごとく両側にかきわけて瓦礫 の畝をつくりながら押し進んでいるのだった。通った跡には地 面が露出し、漆喰の白い粉塵の雲がたなびいていた。悲鳴と混 乱の渦巻く街路を、トルルとクラパウチュスは、心臓が口から とびださんばかりに仰天しながらも、走りに走って、やがて大 きな市庁舎の前にさしかかると、中へとびこみ、はてしなくつ づく階段を一気にかけくだって、深い地下室へとおりていった。

「もうここなら大丈夫、建物全体がおしつぶされてのしかかっ てきても、下敷きにされる気づかいはまずあるまい」あえぎな がら、クラパウチュスが言った。「だがそれにしても、よりにも よってこんな日に貴公を訪問したとは、なんたる身の不運…… 貴公の仕事の進み具合を気にかけたばっかりに――いや、とく と拝見させてもらったよ……」

「しっ」とトルルが制止した。「誰か来るぞ……」

  はたして、地下室のドアが開いて、市長が、数名の市会議員 を従えて入ってきた。トルルはこの、いたましくもまた奇怪な 事態の経過をどう説明したものか、すっかりまごついてしまっ ていたので、やむなくクラパウチュスが説明した。市長は終始 無言のまま、説明に耳を傾けていた。不意に、壁がぐらぐらっ と揺れ、地面が大きく持ちあがって、岩の砕ける音が地下室に まで伝わってきた。

「来ているんですか、この上に!?」トルルは叫んだ。

「ええ」市長は言った。「そして身柄を引渡せと要求しているの です。さもないと、全市をひきつぶして平らにならしてしまう と……」

  と、そのとき、はるか頭上でわめく声が、ちょうど消音器を つけたラッパのような感じで、響いてきた。

「トルルはここだな――トルルの匂いがする……」

「でもまさか、引渡したりなどなさらないでしょうね」機械の 盲執的な怨念の対象が、震える声でそうたずねると、

「あなたがたおふたかたのうち、トルルという名のおかたには、 立ちのいていただかねばなりません。もうひとりのおかたはと どまってくだすって結構です、そのかたの引渡しは条件に含ま れておりませんので……」

「お慈悲を!」

「まことにお気の毒ですが」市長は言った。「どうしてもここに とどまろうとおっしゃるのであれば、トルルさん、この町と住 民とに加えられたいっさいの損失を引き受けていただかねばな りません、あなたのせいで機械はすでに、十六戸の家々を破壊 し、貴重このうえない市民の多数をその下に生き埋めにしてし まっているのですから。あなたがここにおられること自体、わ れわれにとっては差し迫った危難なのです、それ故にこそ、わ れわれはあなたを無罪放免にするのです。どうぞ即刻、お立ち 去りください、そして二度と来ないでいただきたい」

  トルルは市会議員たちを見て、そのけわしい顔に記された、 彼に対する判決文を読みとると、のろのろと向きなおり、ドア のほうへと歩みだした。

「待て! 拙者も行くぞ!」衝動的にクラパウチュスが叫んだ。

「なに、貴公が?」と言うトルルの声には、ほのかな希望の色 があった。「いや、それはならない……」一瞬おいて、しかし彼 はそうつけ加えて、「貴公までが危難にあわねばならぬ理由が、 どこにある……?」

「しゃらくさい!」勢いこんでクラパウチュスは反論した。「あ の痴愚の鉄塊の手にかかるのが、危難だと?ばかばかしい!  いいかね、友よ、あいつに思い知らせてやるんだ、ふたりの高 名な宙道士を消滅させようなどとするのが、どんなに高くつく ことかを! さあ、行こう、トルル! 胸を張って!」

  友のこの熱弁に元気づけられて、トルルはクラパウチュスを 追って階段をかけのぼった。広場には人っ子ひとりいなかった。 舞いあがる粉塵の中、粉砕された家々の骸骨めいた鉄骨の残骸 のただなかに、機械が仁王立ちしていた。市庁舎の塔よりもな お高く、ポッポと湯気を吐きながら、全身を煉瓦の粉で真赤に 染め、石灰岩の粉で白くまだらになって。

「用心しろよ!」クラパウチュスが小声で言った。「まだあいつ、 われわれをみつけちゃいない。左手の最初の街路を進んで、十 字路で右へ曲り、そのあとはまっすぐ、むこうの山へ逃げこも う。山の中なら、隠れる場所もみつかるだろう。安全な場所で、 やつにぎゃふんと言わせるてだてを考えよう。そうすりゃ、い くらあいつが気違いでも……今だ!」彼はどなった。機械が今、 ふたりの位置をつきとめて、舗道の敷石を踏みつぶしながら、 猛然と襲いかかってきたのであった。

  息もつかずにふたりは町をとびだし、情容赦もなく追ってく る巨像の、雷のような鴛音を背中に聞きながら、二、三キロあ まり走り続けた。

「あの谷、見おぼえがあるぞ!」突然、クラパウチュスが叫ん だ。「干上った川の河床で、上流は両側が崖になっていて洞穴が ある――早く、早く、もうちょっと行けばあいつ、立往生する はずだ!……」

  そこでふたりはつまづきつまづき、バランスをとるために両 腕をふりまわしながら、川上めざして駈けのぼったが、機械は なおも追い迫ってくる。干上った河床の砂利を這ううように登っ て、ふたりはやがて、垂直に切り立った岩の裂け目の下にたど りつき、はるか頭上に暗く口を開いた洞穴をみつけると、それ をめざして狂ったように登りはじめた。足元のもろい岩が崩れ 落ちることも、もはや意に介さなかった。岩穴からはひんやり とした空気が吐き出されて、中は暗黒。たどりつくとそのまま ふたりは中へとぴこみ、勢い余って二歩、三歩、踏みこんだと ころでたちどまった。

「さてと、ここにいれば一応は安全だな」冷静さをとりもどし て、トルルは言った。「ちょっと見てやろう、あいつ、どこで立 往生しているかな……」

「用心しろよ」クラパウチュスが忠告した。トルルは洞穴の入 口までにじり寄っていき、首を出すなり、ぎょっとして即座に とんで戻った。

「登ってきているんだ、あいつ!!」彼は叫んだ。

「心配は無用、ここまでは来られやせんさ」クラパウチュスは そう言ったものの、完全には確信をもてない様子だ。「それにし ても、どうしたんだろう? 暗くなってきているようだが?  うわっ!」

  この瞬間巨大な影が洞穴の入口の外に見えるわずかな空を塗 りつぶし、代わってそこに、鋲を打たれたなめらかな鋼鉄の壁 が出現したのだった。機械だ。岩を抱えて、のっそりと迫って くる……堅牢な金属の蓋でもする調子で、洞穴を封印してしま おうというのだろう。

「袋のネズミだ……」と小声で言いかけたトルルは、そのとき 全き闇につつまれて、絶句した。

「白痴なのはこっちのほうだ!」クラパウチュスが怒号した。 「わざわざ穴にとびこんで、蓋をさせてしまうとは! なんで また、こんな愚を犯してしまったんだろう?」

「あいつ、なにを待っているのかな?」長い沈黙ののち、問い かけたのはトルルだった。

「われわれが降参するのを、さ――待ってるぶんには、オツム が弱くたってさしつかえないからな」

  またもや沈黙がおりた。トルルは闇の中を、つまさきだって 手さぐりで、壁づたいに入口のほうへと進んでいった。と、や がて、指先が、なめらかな鋼鉄の面にふれた。それは温く、ま るで内部から熱せられているかのように……

「トルルが感じられる……」鉄の声が轟いた。トルルはあわて て退却し、友のかたわらに並んで腰をおろすと、そのまましば らくふたりとも、身じろぎもせずにすわっていた。やがて、遂 にクラパウチュスがささやいた。

「ただすわっているだけというのも能がないな。いっちょう、 説得にあたってみるか……」

「むだだよ、それは」トルルは言った。「しかし、ひきとめはせ んよ。少なくとも貴公には、解放される可能性がないわけじゃ ない……」

「おい、おい、そいつは言いっこなしだぜ!」と言いながら、 クラパウチュスはトルルの肩をぽんと叩いた。そして手さぐり で洞穴の入口まで行くと、呼ばわった。「おーい、外のやつ、聞 こえるか?」

「ああ」機械は言った。

「いいか、われわれは謝罪をしたい。ええ、その……なんと言 おうか、ちょっとした行き違いが、まあ、あったわけなんだが、 それはとるにたらぬ問題だ。トルルとしても、なにもきみを ……」

「トルルを粉砕してやる!」機械は言った。「しかしまず、トル ルに答えてもらおう、二たす二はいくつか」

「もちろん答えさせる、もちろん答えさせるとも、そしてきみ はその答に満足して、きっと仲直りできるさ、な、そうだろ、 トルル?」仲裁役はなだめすかすようにして言った。

「むろん、承知だ……」口の中でもごもごと、トルルが言うと、 「ほんとうだな?」機械は言った。「なら、二たす二はいくつ だ?」

「よ……いや、な、七だ……」いちだんとかぼそい声になって トルルが言うと、

「ほう! 四ではなくて、七なんだな、え?」機械は勝ち誇っ て大歓声をあげた。「それ見ろ、おれの言ったとおりじゃない か!」

「七、そう、七だよ七、七と決まっているんだ!」熱烈な調子 でクラパウチュスは相槌を打ち、「で、どうだろう、ひとつ、わ れわれを外に出してはもらえまいか?」と、ぬかりなく言い添 えた。

「だめだ。トルルに言わせろ、申し訳ありませんでした、と。 そして答えさせるんだ、二かける二はいくつか……」

「そしたら、出してもらえるのか?」トルルが問うと、

「さあ、どうかな。考えてみよう。取引きはきらいだ。二かけ る二はいくつだ?」

「でも、まさか、出してやらないなんてことは?」トルルが言 いかけると、クラパウチュスが腕をひっぱって、耳うちした。

「こいつは低能なんだ、議論はするな、後生だから!」

「出させたくなければ、出させない」と機械は言った。「おまえは ただ、答えればいいんだ、二かける二はいくつか……」

  不意に、トルルはカッとなった。

「言うとも、なにもかも言ってやる!」彼は絶叫した。「二たす 二は四だ、二かける二は四だ、たとえ貴様がアタマにきて、山 をぜんぶ叩きつぶし、海をのみほし、空を食い尽そうとも聞 こえるか? 二たす二は四なのだ!!」

「トルル! なにを言うんだ? 気がふれたのか? 二たす二 は七だよ、機械君! 七だ、七なんだ!!」友の声をかき消そう と、クラパウチュスはがなりたてた。

「ちがう! 四だ! 四だ、答は唯一、四だ、四だ、古今東西、 千古不易、未来永劫――四だ!!」トルルはわめき、怒号した。 と、足元の岩が、熱病にでもとりつかれたようにわなわな顫 えはじめた。

  機械は洞穴から離れはじめ、ほのかな光が射し込んだかと思 うと、すべてを刺し貰くような悲痛な絶叫があがった。

「嘘だ、答は七なんだ! 七だと言え、言わないとぶつぞ!」

「いやなこった!」トルルはまるで、もうなにがおころうとか 激いはしないとでも言わんばかりに、どなった。小石や砂がふ たりの頭上に、雨あられと降りそそいだ。機械が、かの八階建 ての図体で、岩壁に体当りをしはじめたのだった。倦むことを 知らず、幾度となく、猛然と山腹にぶつかってきたから、遂に はさしもの山も砕けて、巨石が谷底へと転がり落ちはじめた。 雷鳴が轟き、硫黄の匂いが洞穴内にたちこめ、岩にうちあた る鋼から火花がとんだが、しかしそんな大混乱のさなかにも、 時折、とぎれとぎれに、トルルのわめき声は聞きとれた。

「二たす二は四だ、二たす二は四だ!!」

  クラパウチュスは腕ずくでも友の口をふさごうとしたが、激 しくふりとばされて断念し、すわりこんで頭をかかえた。狂気 のごとき機械の行為は、一瞬たりとも休むことなく、今ではも う、いつなんどき、天井が崩れ落ちて、ふたりの囚われびとを 圧しつぶし、永遠に埋葬してしまうか、知れたものではなかっ た。だがふたりが、もはやこれまでと希望を捨て、空気が毒々 しい煙と息のつまる粉塵とでいっぱいになったとき、不意に、 ガリガリとすさまじい磨擦音がし、ゆっくりと、いかなる乱打 乱撃よりもなお音高い、爆発にも似た音がして、空気がヒュー と切り裂かれ、洞穴の入口をふさいでいた黒い壁が、まるで脆 風にでも巻きあげられたかのように忽然と消滅し、それに続い て、巨岩ががらがらと、なだれをうって墜ちていった。この山 崩れの残響が、まだ鳴りやまず、谷に響きわたっている中、友 と友は首を揃えて、洞穴の外に顔を出した。そこには機械の姿 があった。うちのめされてながながとのび、八階あるちょうど まんなかあたりを巨岩に直撃されて、まっぷたつになっている。 最大限の注意を払い、一歩一歩足元をたしかめながら、砂塵舞 うガレ場をふたりは下っていった。河床まで出るには、どうし ても、機械の残骸のそばを通らねばならなかった。それは今、 どこか、転覆して岸に打ちあげられた巨艦の遺骸にも似た。ね じくれたその船腹の影のところまでさしかかると、どちらから ともなく、声もなくふたりは立ちどまった。機械はまだ、かす かに震えており、その内部でなにかが回転し、小さくきしんで いるのが聞きとれた。

「そうさ、これが貴様の末路なのさ、二たす二は――むかしか ら決まって――」とトルルが言いはじめた、まさにそのとき、 機械がかすかに、かろうじて聞きとれるほどのしゃがれた騒音 をたてて、これを最後に、ひとこえ捻った。「七だ

  そしてなにかが、内部ではじけた。頭上から二つ、三つ、石 がふった。いまやふたりの眼前にあるのは、生命のない、スク ラップの山にすぎなかった。ふたりの宙道士は無言で目と目を 交わし、もうそれ以上なにも語らず、来たみちを戻っていった。



hiyori13 平成18年6月27日