スキパンスキーが昼食の時、私の一杯のテーブルにやってきた。「お邪魔でなければ……?」なんと控え目な態度! まるで、もし私の邪魔になるとしたら、自らのあまりにもむきつけな存在を抹消するスイッチを押してしまいかねない様予だった。
「とんでもないよ、スキパンスキー。このごろは附合ってもらえるのを有難く思っているんだよ、きみたち新人は、まえにいた子羊の群れとは大違いで、群居性がないんだねえ」
これは単なる社交辞令以上のものだった。しばしば私は食事の際に一人きりになってしまう。きょうはスキパンスキーのほかに三名のタワットが食堂で食事をしていたが、人とは交わらず、数でもかぞえるように黙々と、飾り気のないピザを咀嚼していた。
「あなたはきっとぼくに軽蔑以外のことはおぼえていないでしょうね」とSは冷たいホウレンソウのスープを不幸せそうにスプーンでかきまわしながら切り出した。「きっとぼくには心がないと思ってらっしゃるんでしようね」
「一緒にあのテストを受けたあとでかい? とんでもない」
「ああ、テストですか! いつでもテストではうまくやってきましたよ、ぼくのいおうとしたのはそんなことじゃないんです。でも、大学では、あなたのような人は……文科系の学生は……彼らは、理科系の勉強をしているというだけで、人のことを、まるで全然…-ごぐしゃぐしゃになったスープをしずくの滴るスプーンの先で押しやった。
「魂がないみたいに思う、というのかい?」
彼はスープに眼を固定したまま頷いた。「でも、そんなことはないんです。ぼくらにだって感情はあるんです、ほかのみんなと同じように。ただ、たぶんぼくらはそれをそんなに明らさまに示さないだけのことなんです。あなたのような経歴があれば、それは気軽に、良心だとか……そんなようなことを云々できるでしょう。誰もあなたに、卒業時に、年に$25、000を申し出たりはしないでしよう」
「実をいうと、ぼくの元の同級生で、詩人か絵かきになるはずだったのが、広告やテレビの仕事でその倍も稼いでいる奴を大勢知っているよ。近頃では万人向けの一種の売節とでもいえるものがある。何はともあれ、組合の指導者にはなれるよ」
「うーん。何を召し上がってるんですか?」
と彼は私の皿を指さしながらたずねた。
「Truite braisèe au Pupilin」
彼は黒い制服のウエイターに合図した。「ぼくにもそれを少々」
「きみを誘惑したのが本当に金銭だったとは想像もしてみなかったんだがね」といいながら私は彼にシャブリを少し注いだ。
「ぼくは飲みません。ええ、ぼくも本当に金銭じゃなかったんじゃないかと思います」
「学校での専攻は何だったんだい、スキパンスキー? 生物物理学かな? 一度でも、その学科を、それ自体のために、好蓼になったことはなかったかい?」
彼は、ことわったワインのグラスの半分をぐっとあけた。「ほかの何よりもね、ええ! この世の中のほかの何よりも好きですよ。時どき、理解できなくなるんです。正直な話、理解できないんです、なぜみんながぼくと同じように思わないのか。時には、それがひどく強くなって、ぼくには……ぼくにはまったく……」
「ぼくも同じように思うよ、ただし、詩についてだがね。あらゆる芸術についてなんだが、中でもとりわけ詩についてはね」
「そして、人間のことも?」
「人間はその次だね」
「そうなると、奥さんのこともですか?」
「そういうことになれば、ぼく自身のことですらね。それで、きみは今、不思議に思っているわけだね、ぼくが、ぼくらがそんなふうに感じているのに、いったいどうしてぼくが厚かましくもきみに対して道義を云々できるのかと」
「ええ」
「それは、ぼくがまさにそのことについて――感情について語っているからだよ。倫理というのは、当人が現にやっていることに関ってくるものなのだよ。誘惑をおぼえるのと、それを実際に行なうのとは、別物だよ」
「だったら、芸術は罪なんですか? あるいは、科学は?」
「過剰な愛好というのは、神そのひとの愛に及ばぬ限りは、みんな罪深いものなんだ。ダンテの地獄には、ディス以上に、好ましいものをそんなふうにちょっと愛しすぎた人がわんさといるよ」
スキパンスキーは赤くなった。「こんなことをいっても勘弁していただけるとしたら、サケッティさん、ぼくは神を信じていないんです」
「ぼくだって同じさ。ただ、しばらくの間、信じていたことがあってね、だから彼がぼくの隠喩に忍びこんできたら、勘弁してくれたまえ」
スキパンスキーはくすっと笑った、眼が揺らぎながらテーブルから上がって、一瞬、私の眼と会い、それから、ちょうどウエイターが運んできた鱒のほうへと退いた。それだけで、私にとっては、彼が鈎にかかったのだと知るには充分だった。
イエズス会士にならなかったことで、どれだけのキャリアを私は逸したことか。公然たる誘惑は別にして、この折伏ほど心をうっとりさせるゲームはほかにはない。