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: 30. : 二冊目 : 28.   目次

29.

ハーストは『スキリマン、または人口爆発』に対して数々の不平を抱いていた。主として、中傷的だというものである。HHには本物の出版者の心性がある。私のフィクションが幾つかの真実に合致している(スキリマンは実際にミナと呼ばれるドイツの女学生と結婚した、彼女の母親は実際にダッハウに住んでいる。彼らには実際に五人の子供がいる)ことも、ハーストの眼でみると、私の欠陥を悪化させることにしかならない。

(「悪化させる……?」とハーストは夢みるようにおうむがえしする。)

思い出してくださいよ、獄吏さん、あなたがあの小説を求めたんです、私の意図はただひとつ、スキリマンが悪人だという私のテー ゼを敷衍することだったのですよ。実にもう、私がこれまでに知る、最悪人ですな。彼はハルマゲドンの聖杯を探求しているのです。愛なき彼は、ダンテの地獄のまさに最下圏に沈むことでしょう――プレゲトン川よりも下、自殺の森よりも下方、妖術師たちのリングの彼方、まさにアンテノラの中心へ。



T. M. ディッシュ『キャンプ収容』 野口幸夫訳     平成18年7月16日