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五月十三日

スミードのことを語らねばならぬ。刑務所長スミード、わが最大の敵、いまだに私の読書の特典を認めず新約聖書と祈疇書だけしか許可しない専断者スミード。まるで、子供の頃によくそういっておどかされたように、大嫌いなモリス叔父のところに夏休みの間あずけられてでもいるかのようだ(叔父は両親に本の読みすぎで私の"眼がつぷれる"と忠告した)。はげで、威勢がよくて、挫折した運動選手特有の肥満体――それがスミード。こんな名前を持っているというだけで彼を軽蔑してもおかしくないだろう。きょう、検閲官(スミード?)に塗りつぷされずにすんだアンドレアからの月々の便りの断簡から、私のもとへ送られてきた、「スイスの高原」のゲラが囚人との通信に関する規則文をつけて出版元へ送り返されたことを知った。三か月も前のことだという。今では本になっている。書評にもとり上げられたそうだ!(出版社がこんなにも急いだのは裁判で少しは無料の宣伝になるとあてこんだからではないかと思う)

検閲官は当然のことながら、アンドレアが同封した書評を抜きとっていた。虚栄の苦悶。十年間、私はおそまつな博士論文のウインスタンレー論以外には著書を持てずにいた。いま私の詩集が本になっている――そしてそれを目にすることが許されるまであと五年かかるかもしれないのだ。スミードの眼など、春のじゃがいもみたいに腐るがいい! あんな奴はマレレシア中風でよいよいになっちまえ!

"セレモニー"のサイタルに同調しようと試みた。ならず。 井戸はからから。



T. M. ディッシュ『キャンプ収容』 野口幸夫訳     平成18年7月16日