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断章

〔これ以降の、星印で仕切られた手記は、ルイス・サケッティの日誌上に見られるままに再現してある。配列は書かれた順であるが、それ以外に我々が日付を推定するすべは内的証拠しかない。従って、スキリマンに関する最初の言及(十二番目のメモに於る)は、この項、及びこれに続く項目が八月九日以前に書かれたはずはないであろうことを暗示していよう。その様式によって我々はまた、三つのまとまりのあるメモ(「いよいよ、われわれの歩くのは彼の庭園だ」以降)、日誌の本セクションの大半を占める部分が書かれたのはこの時期の終り頃、サケッティが通常の(そしてまた、諒解可能な、とも言えようか?)基準に則って創作を再開する直前である、と推定して差支えあるまい。これによって我々は九月二十八日を、この「たわごと」(と著者自身がのちに称している)の最終日付として受けとることになろう。以下の記載の中にはサケッティのオリジナルではないものが多々あるが、彼自身が出典を示していない場合―― 通常、彼はその労を厭うている――我々は敢えて注を加えなかった。それはあまりにも大きな仕事になるであろうし、専門家以外のい ずれにとっても益するところ小さいことを恐れたためである。出典のうちには、次のものが挙げられよう――聖書、アクィナス、カバラ、種々の錬金術書、含む「薔薇物語」第二部、リヒアルト(及びジョージ)・ワグナー、バニヤン、ミルトン、ド・ロートレアモン、リルケ、ランボー、そして近代英語詩人多数。 ――編者〕

 

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「内省過剰。事実的性不充分。実在の事物の迫真的描写に専念せよ」おっしゃるとおりだ、わかっています。わが弁明はただひとつ――地獄は濛々。

 

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鯨の腹――それともストーブの?

 

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「彼は悲しみ嘆く声や右に左に駈けめぐる音を聞き、そのため時には、自分が千々に引裂かれたり、街路のぬかるみのように踏みにじられたりするかと思った」そしてもう少し先で――「彼が燃える窖の口まで来たちょうどその時、邪悪な者の一人が背後にまわり、そっと歩み寄って、囁くようにして数々の歎わしい涜神の言を仄かせると、これをまことに彼は自分自身の心より発したものと思った……彼には、耳をふさぐだけの、またそうした涜神の言が何処より来たるかを知るだけの慮りもなかったのである」

――バニヤン

 

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われわれは芸術が時を腰うかのように装っている。実際には、ただ過すだけのこと。

 

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「何であれおよそ御心に添うたことならすべて主はなされた」禍々しき真理。

 

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「彼の生涯はやがて、彼が画筆をその中ですすぐような、グラスの中の水のような観を呈しはじめた。数個の色、混じり合って、すなわち泥の色であった」

――『Pの肖像』

 

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その傍なる天使、チェロを奏でる天使をこうも易々と信ずるのは、木の桶のせい。

 

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モルデカイが『肖像』についていったこと――「退屈だよ、けどこの場合は退屈さそのものが関心の一部なのさ。おれはわざわざだれてるんじゃなくて、むしろだれた件りが落着くところへおちつくままにさせとくわけだな」

又、別な時――「芸術は退屈に仕える他はない。ある奴の静物画は別な奴のナテュル・モールだ」

 

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私の鉄踵の下できしむ小石は焼け焦げた子供たちの骨.

 

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稼ぐな、費うな

悩むな、友よ

時には限りというものがある

    急げや! 急げ!

 

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この地獄では選べるものは酷寒かさもなくば酷暑。「この二つの状態の間を彼らは喚きつつ右往左往逃げまどう、一方にあっては常に他方が天上の憩いに思えるために」

 

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ハーストについてスキリマンいわく――「生来たいそう乱れているのでアルファベットの文字を順に並べるのが難しいような精神」

 

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そうか――アルファベットまで崩れかけているわけか。泣きわめく駄々っ子が色つき積木のお城を打ち殿そうとしているみたいに。

スキリマンの童顔。

 

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カボチャと花葵の寓話
その春、彼の花葵の真中にインテリかぼちゃが育ちました。花葵は美しいものでしたが、彼はカボチャのほうが重宝だと知っていました。実は十月になるまで熟さず、その頃にはもう花葵は食いつぶされてしまっていました。

 

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「一晩で七篇のいい詩を書いた奴を知ってたよ」

「一夜で七篇! 信じ難いね」

 

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科学がなければわれわれはこのような繊える石碑の列を持つこともなかったであろう。 それ(科学)は開いた唇を蔽うヴェールである、それは語られざることばである。呪われたものさえもこの祭壇に於ては敬虔である。

 

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アムフォータスの哀歌は私自身のものとなった――

Nie zu hoffen

das je ich könnte gesunden.

 

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時の矢に傷つけられたセバスチャンといったところ。

 

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ミードいわく――「でも他の点じゃスキリマンはそんなに悪い奴じゃないよ。たとえばあいつの眼、なかなか素敵だ――あんたが眼が好きならね」 このジョークは私を記憶の限界まで――ハイスクールまで引戻す。可哀相なバリー――彼は文字どおり崩れ落ちつつあるのだ。まるで肉体が検屍を待ちこがれるかのように。

そしてそのあと彼はいった――「おれの五感がとりとめのないものになっていくよ」

 

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きょう、スキリマンが腹立ちまぎれにこんな一句をひねりだした、題して

地球

もっと完壁だろうにな、滑らかな球なら

いたるところに神様の立派な大海があって

 

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「不思議な性質の、肩の高い、嗜のまがった鳥たちが、汚物の上に立ち、じっと一方向を見ていた」

――マン

 

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「これはデモクラシーではない。これは洒落だ」

――ビト・バティスタ

 

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地獄の門の新たな銘――《ここにすべてのもの止まん》

 

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いつかわが国の大学でヒムラーが研究されることになろう。偉大な千年王国論者の最後の一人が。彼の内的世界の風景は恐怖を好ましい量だけ喚起するであろう。(従って、〈美〉を。)残虐行為審問の写しがすでに多年に亘って劇場でわれわれの娯楽に供されていることを顧よ。美はわれわれがかろうじて耐えることのできる……

 

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いよいよ、われわれの歩くのは彼の庭園だ。誰が、もし私がそのとき叫ぴを上げたとして、誰が聞くだろう? 無言の屈服!(キリコ)

恐怖が天使たちに微笑みかけた、彼ら全員に……身の毛もよだつほどに.まさにこれを待ちうけてきたわれわれは幻影を賞賛することができる。「おや、これは火にそっくりではないか!」

そこにいて空に答えるのは誰か? 魂。それはなされる、それは起る。空想することの、ことばで応酬することの、はかりしれぬ意味の、悪。それは永劫に起る。それらは毎日呼ぶ、互いが互いを。あらゆるデリカシーに反して脳を用いることを強いられた唇。疑惑と機わしい雑言――おお、まさに機わしいかぎり! げに、朝は止む!

ああ、そして夜は――夜は苛み、そして刺激する。あさましい欲望がわれわれの中に住みついて離れない。われわれはそんな不浄さの極みに、歯がみし、そして噛りつく。それは去る、風に乗ったように……だが風はない。 寒さの中を、暗い街路を抜けていく、(熱に泡だつ丸石。)彼らは黄金の歩道を吼えながら右往左往かけまどう、昇りゆく地平に向って。幻影!

内面の、動脈のジャングル、そこから〈霊〉が駈け出す、呪縛がひとりでにくずおれていき、強大なくしゃみで息絶える。そこに若い衆が列をなして、ぶつぶついいながら我慢強く、死ぬのを待っている。彼らの血が翻って私に。〈霊Vが飽食したコンドルのようにそこから出発する峡谷.この監獄宇缶に駐屯する部隊、あらゆる八恐怖〉に(好きこのんで)立向うべくロケット発進していく兵士、朝方にときおリルシファーが囁くこと。

死の罪がダビデの子らを寛怒する。希望は険悪な空の下の沼地。先史時代の島-夜の荒地。房-泥の蝶番、地獄が出てくる、嬉しくもなく、死にゆく者の睾丸から。(曝き声:ああ、桃発的な死の藪!)おおメフィストフェレスよ!

死のキャンプ。太って、脹れて、無軌道に花ざかり。根は全能者のプランによって準備を整えられた地面に吸いつく。(〈彼〉のみがなしうる)

神? 神はわれらの〈F――er〉。そしてここ、漂う花々の間にあっては、メンタルな組織原理。これら、不思議な性質の鳥たちは、行為と報賞の間にある。汚物の中に立ち、昔の木版画の中でのようにやや流し眼で何か間違ったものを見ている。

「汝は竹の茎で罰せられる」と彼はいう。汝は言われるがままに為す……。彼は自分の心臓がこのキャンプを設立した神に打当るのを感じた。伝道の書。

 

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私のはらわたは街路のぬかるみのように踏みにじられる。四肢は変形して私を打ちのめす。右往左往! 上を下へ! 「私は嚥んだ、すさまじい一服の――!」

おぞましい燥音が「魚」のようにかすめていく。地獄、永遠の罰だ、その中で彼は愛のデーモンたちの調子をとった議論が聞えるように思った――〈なにゆえ事物が存在するのか、その原因に関して〉。彼はもの思いに耽りながら迷路をさすらう内に道に迷って立ちどまったふうむ!そこだよ、われわれは存在するのだー神の愛は河口に来ても絶えぬ。接吻。旗はしおれる、あえかな目的で。 存在することをやめよ、そっと歩み寄って消滅せよ

欲するために? われらは黄金を、医療を、誓いをなそう。われらは〈地球の腸〉を訪ねよう。われらは三つの髄膜を夢みよう。おお〈柔膜〉よ、 Pia Mater よ、自然の母胎よ、われらの聖母崇敬を受けいれたまえ――(〈ヒドン・ストーン〉は〈精留〉なる秘めやかな忍びやかなわざによって見出される。〈地球-肛門〉への硫酸塩の点滴。)

太陽と月の寓話

王は供なしにおでましになって実質組織に入らせ給う。このとき、身分卑しき者、看守? Mの余は、わが皮膚の方へと近寄る者なし。柔膜の分泌する露が、踏まれた黄金の層を溶かす。彼はそれをカエルノコシカケ茸に与える。あらゆるものが入ってくる。彼はおのれの皮を脱ぐ。それにはこう書かれてある――余は神なるサトゥルヌスなり。罪の矯正。サターンはそれを取って傾く(ほほう)。何もかも、ほほう。彼は、ひとたびそれを与えられてしまうと、支度のできているものの中に崩れこむ。おおなんと墜ちていく!(どさっ、と岩の上に)それは彼の鼻も、結構なベルベットの胴着も、そしてこれらのたえず侵略する腫瘍、鼻孔も。何だというのだ(違いは)? ジュピターはそれを二十日たもつ。

それは月だ。三番目に愛されているのは。Loved life. ("live" することになる、アナグラム的には。)彼女は鼻を二十日間保つ。血縁は内にある。「顔面倭小奇型」はひとつの原因だ、塩の花のように白い。したがって慈愛深ぐも〈霊〉は上質なワイシャツ姿で降臨する。われらは彼の飽食した鼻孔をじっと見る。

一日、だが四十日、そしで時には四十、そうであるのは〈彼〉を四十にするためなのだが。彼の〈太陽〉は黄色。

そこへ来る太陽、実に美しい。思いみよ(知恵):ハイル! 美点が湿っぽい豊かさに頼らぬ地。イーゼンハイム! それはこれらの近郊を耳や目の隔たりにもましてまざまざと照らし出す。チェロ! 世界の毛幹が夜を追放する。

初期。その年はその年を歌うけれども、それぞれの奇妙な含みに調律させているのは太陽なのだ。断じて(フーサーク)を存在を持たぬ淀んだ池にすべりこませるなかれ、〈滅却者〉たちよ――それらのものの分与の一部は公園(神の園)内の「乳」だったのだ、不動と自己認識とどちらかを選ぶことになって。ワイヴァーンたちはもはや眼に鱗はかからぬであろう。

沈痛な、沈痛な彼は聞いた。

 

われらはかくて第三〈項〉に進む――

「異論1.この恐るべき緑変を(神)は見ていぬと思われるが。われらは、(神)が何マイルも諸共に、その「毒」では何ものも消滅しえないような〈屑屋〉と共にあろうという、アウグスティヌスの賢慮によって引裂かれている。敢えて問う:われらは彼が窒息するとき何となすのが最善なりや?

異論2.更に、〈疑念〉を統べる彼の徳によりて、悪しき者の一人は善なり。唾くが如く黒人歌を提唱する者はここにはなし(そして誰かはいる)。善の諸因。純なる愚者、その者いわく、「悪しかれ、汝、わがG――dよ!」または〈指輪〉に於て。(「黄金!」「それが汝の欲するものか?」)

異論3.更に、もし(神)が冒涜するのならば、かくもこれらの贈物(かくも自在に提出された)を愛するであろうか? 彼はわれらの最高礼拝を要求するであろうか? 堕落の所業はそれを為しておらぬ、なんとなれば彼は或るものを他のものによって生じせしめるが故に。異議あり! 「豚」の肉体は何ものをも消滅することはできぬ。質間は?

わたしがそれに答える。ある者が泥水の中のあの筆を把った。これは認められねばならぬ。しかしながらそれは〈彼みずから〉がわたしに吐く自然な必要物から実証される。(日毎)幾層もの薄い黄金の瘡蓋は取除かれるが、彼の本質は変りえない。では、われらの何が? わたしは浸透ということを知っている、そして房泥が「記号論レーズン」によって緩和されるということを。わたしの内に、(神)が創った散形花序の拘東への道を切拓きつつ。見よ、それ!――客や陥穽は主を喜ばせる。彼はそれを四十の昼と夜の間たもつ。わたしは彼その人だ。エデンを彼らは理に叶って有した、彼は自ら進んで彼らに与えたのだ」

さあ、ほれ――内的事象の葡這類!

 

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天上の憩い

耐え難き序文! 彼が直ちに何ものも消滅できぬとは! その前の、非在へ向かうもっともな休止。棘の尾を持つ蠍座は、巨匠デューラーが証示するように、何ものをも消滅することはできない。したがって、来たれ、柔和な小さきものども再びはねちらかしに! わが血のプレゲトン川に名告りをあげよ。ああ、なんと素敵に私は今燃えることか。しっかりやれよ、客人たち! わが才能のすべてを経めぐれ!

今おんみらは耳をそばだて、今おんみらは鞭打苦行者らの不可視なまでに微細な悲嘆を聞く。私はランプと油を濫費はすまい。消滅。それはいと心優しくも,死」の如きものであろう。

青白きヴィーナス、柔膜よ、これら僅かなスピロヘータを受け容れたまえ。

泣きながら私は「黄金」のサタン相を見た魅了。滲透性の鉱石、ところがどういうわけかその魔法性を疑う向きがある。(彼は各位のご賢察を乞う。)分枝、流体状の漬聖物の柱が彼の脊椎を上昇し、速かな腐敗を蒙る。この膿の小潮は容易には遊離できない。

だがなんと不潔に私はなっていることか。虱が私を蝕む。豚なる神、〈愛〉は、かような生物に存在を与えるに際して、乾癬の瘡蓋を取除く。真実"不真実。彼は八彼の〉慈悲を「消滅」でぎるか? 否、川の水をも。だがわれらがいま右に述べたような、このような汚物の山の上の組織はカソリックの信仰に甚だ反するものである。 巡礼者たちの道は彼らを「街路」に沿って導いた。 Ps. cxxxiv, 6 によれば、不滅の憎悪は一様な炎で燃える。これはA――の教理だ"彼の論文「消滅論」を見よ。

「彼は統治す。彼は彼の意図するところを為す」ここでこの「無」はひとつの(まことにパーソナルな)主張である。〈彼〉の行為すべての動能である。

あの強力な通廊、〈吻合〉、われわれが〈生命の血〉と呼ぶ本質的な存在の根源の森。鈍麻しつつ、彼は非在へと向うすべてのものに降下する。彼は降下する、すると〈空〉から.生れる〈怪異〉が傍に潜行し、そして〈ここにして今〉に宿る。これは、われわれがこうした疑問を提出する相手となる、柔弱な霊である。スフィンクスがウインクする。彼の庭は呼びさまされる、だが彼女はこらえる。そして再び。

それは大変なことだ、まあ個性原理がないようなもので。〈全造者〉の美点への偏見がなければ、〈だらだら水〉と呼ばれるかもしれない。われわれは思い切ってさらに降り、神の百合の下、「父祖」のもとへ行かねばならぬ(ファウスト、該当項参照).そして彼の毛深い掌への偏見がなければ、われわれは憎しみと蔑みに分裂している。鼻に親指を当てる仕草をする。

植物、せせらぎ、頭音、衰弱、青っぽさがそれらのうち最も非道なもの(神)を反映する。彼の力は粉末化された根を石灰質化する。彼は彼らの曲った嘴を手当てする。おお〈悪の塊偏〉よ、滅却せよ! すべてを滅却せよ、そしてわれらを。

断片、〈毒〉のしるしに収敷する網、魚座。三たび祝福されよ(〈大義〉)。生命を与えられたコルク栓抜きの大群の猛威。

渇いてほろ酔い加減  ドイツの土地で

喝采する鞭打苦行僧の間で……

幾ギルドも列をなしてサティスペイソンに向う告解者。A――のいうには、神が老いているが故にこうした変化が生じている。彼は宇宙的な空籔を引くわけだ。徳? いや、彼は踊るのだ。それが気に入れば、彼は滅却するのだ、原因や進行、継起や結果を……告解者を。

「原因」の増殖を思いみよ。汝はここにこの腐りゆく脊髄嚢を得、「神」を知るに至るやもしれぬ。そのとき〈彼〉は汚れた霰ある指を脳の中へと伸ばし、そして

Gra netiglluck ende firseiglie blears. Gra netiglluck ende firseiglie. Netiglluk ende firseiglie blears.

(神)


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T. M. ディッシュ『キャンプ収容』 野口幸夫訳     平成18年7月16日