next up previous contents
: 98. : 二冊目 : 96.   目次

97.

〈大団円の構成要素〉(完結篇)

ハーストの心が、突然自分がモルデカイの疲弊した体躯の中にあるのに気づいて、栓塞を引起すほどにまで猛烈に慌てふためこうとは、嬉しい誤算だった。彼を破滅させたのは、自分がニグロなのかと思ったことだったと、モルデカイは主張する。

ハーストがこの何か月も前から死んでいて、その間ずっと私が彼を訪問していたのかと思うと!ふりかえってみると、私がハーストの上に認めた変化の多くは手掛りとして読みとれるものだったかもしれないとわかるが、全体としてはなんとも見事に完遂されたペテンだった。

だが何の目的でこんなペテンを? モルデカイは徐々に乗取る必要性を説明して、いかにもハーストらしい振舞いをしている限りに於てのみ、ハーストの権威を発揮できるのだと指摘。刑務所長になったあともなお囚人なのだ!

次第に他の囚人たち(僧正、サンドマン、etc)も精神互換装置を使ってキャンプAのスタッフに侵入、時には医療スタッフの一員を、また時には衛守を彼らの「代替肉体」とした。私がここに来たことによる最も奇妙な結果のひとつは、非暴力のお手本を示すことによって、囚人のうちの三人、就中バリー・ミードに、「復活!」の見送りを納得させてしまったということ。彼らはいずれも、そのために他人に死を宣告するよりも、自らの死を遂げることを選んだのだった。

私が同じように自己犠牲を主張するのではないかと恐れたからこそ、モルデカイは最後の最後まで、私が不可逆的に犠牲者の肉を継承してしまうまで、秘密を保ち続けたわけだ。私は殉教者たらんと主張したろうか? 今はこの肉を、生命と健康を大いに愛しているので、それは信じられない。おそらくそうしていただろう!



T. M. ディッシュ『キャンプ収容』 野口幸夫訳     平成18年7月16日