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: 六月三日 : 一冊目 : 五月十九日   目次

六月二日

私は虜囚だ――法の定める刑務所から獲われて、いるべからざる牢獄に運び込まれている。弁護士に相談することも認められない。抗議は気が狂いそうになる穏やかさで黙殺される。子供の頃、ガキ大将がやって以来、久しくみられなかったことだ、ゲームのルールがかくも完膚なきまでに傲然と破棄されるのは。そして私はなすすべもない。誰に訴えればよいのか? ここには教戒師すらいないといわれた。今では神だけが私の聴き手だ、そして看守が。

スプリングフィールドでは私は罪状が確定し刑期の定まった囚人だった。ここ (がどこであるにせよ)では何も確定していず、規則へもない。スプリングフィールドヘ帰せとひっきりなしに要求しているのだが、返ってくる答は顔の前で振られる一枚の紙切れ、スミードが署名した私の移管承認書だけ。スミードめ、どうせなら私のガス室送りを承認すればよかったのだ。くたばれスミード! くたばれ、こんな小ぎれいな黒い、区別のつかぬ制服の中での新たな無名姓なんぞ――おれもくたばれ、こんなことが起こりうる状況の中に身を置くほど愚かしかったのだから。ずる賢こく立廻るべきだったのだ、ラーキンやリヴィアのように、そして精神病を装えば軍隊に入らずにすんだのだ。ここにも私のおためごかしの姦しい道徳性がつきまとう――姦られっぱなしだ!

そいつに蓋をするのがこれだ、私が定期的に引き出されて会見する結構なご年配の凡人が、ここでの体験の記録をつけてくれという。日誌だ。私の書き方に感服しているとおおせられる! 私には言葉に対する真の天分がある、とこの年配の凡人はのたもう。そうとも!

一週間以上も私はれっきとした戦争犯罪人――名前も階級も社会保険の番号もある存在――らしく振舞おうとしたが、そいつはモントゴメリー拘置所にいるときに試みたハンガーストライキのようなものだ、四日問続けて絶食できない人間はハンストなんてやろうとするものじゃない。

さあこれがあんたの日誌だ、くそ爺い。どうとでもするがいい。



T. M. ディッシュ『キャンプ収容』 野口幸夫訳     平成18年7月16日