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52.

スキパンスキーが物語る、スキリマンにまつわる直叙の逸話、それは六年前、NSAの後援のもと、MITで彼のもとで夏期講習を受けていた時のこと。

講座は核テクノロジーの概観で、ある講義の際にスキリマンが、学者仲間内で「ドラゴンの尻尾をくすぐる」として知られているプロセスを実演してみせた。つまり、二つの放射性物質の塊をじわじわと接近させるわけで、そうすれば或る一点で、実際はそこまでは行かなかったが、臨界質量に達するはずなのである。Sはこの剃刀の刃渡りのような作業でスキリマンがみるからに楽しんでいた様子を詳しく語った。デモンストレーションの途中でスキリマンは、いかにも偶発的な事故のように、二つの塊を近づけあわせすぎてしまった.ガイガー計数管がヒステリーを起し、クラス中が出口へ殺到したが、保安警備貝は誰も外に出させてくれない.スキリマンは彼ら全員が致死量の放射能を浴びたと宣告した。学生のうち二人がその場にくずれ落ちた。 これはすべていたずらだった。塊は放射物質ではなく、ガイガー・カウンターには仕掛けがしてあったのだ。

この痛快な悪戯はNSAの心理学者たちの協力の下に手配されていて、彼らは本物の「パニック状況」のもとでの学生たちの反応をテストしたがっていたのである。これは、心理学がわれらの時代の異端審問になったという私のテーゼを支持するものだ。

このジョークを契機として、スキパンスキーはスキリマンの下で働きはじめることになった。彼は、いっさいの狼狽、悲嘆、恐怖、不安の徴候を「実験」に対する良性の好奇心以外の何ものをも、示さなかったことによって、NSAのテストに合格したのだった。 これ以上に根強い平静さは死体にしか発揮できなかったろう。



T. M. ディッシュ『キャンプ収容』 野口幸夫訳     平成18年7月16日