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マオ

ウィリアム・T・ヴォルマン『蝶の物語たち』あとがき

(ウィリアム・T・ヴォルマン『蝶の物語たち』白水社, 1996)

山形浩生

要約: ヴォルマンはマイナー作家であり、大きな世界や舞台設定も己の居場所のなさをあらわすためのツールである。



 カンボジアのプノンペンの売春ストリートは、市のかなり北側にある。通常の観光用市内地図からちょっとはずれたあたりだ。シクロの運転手に言えばすぐ連れていってくれるけれど(時には言わなくても連れていってくれる)、恥ずかしければジャパン・ブリッジと言えばいい。川と直角に、橋からの道を背に西の方へ歩くと、ロータリーに出る(プノンペンはベトナムと同じく、フランス式都市計画の街だ)。そのまままっすぐ行こう。人通りが増えて、軍か警察の駐在所を過ぎると、そこはもう売春街だ。街灯なんかない。並ぶ板張りのバラックのような家々の軒に、赤い電灯が暗く灯っている。ガイドはショート三ドル、オールナイトで二〇ドルだと言っていたが、経済水準から考えて高すぎると思う。上前はねる気だったのだろう。実際には五ドル以下でオールナイトが可能なはずだ。

 赤い電灯の下には、あの独特の白さが浮き立つような化粧をした女たちがたむろしている。ある者は疲れ切ったような顔でじっとすわってこちらを見ている。ある者は妙にはしゃいで見せて、入り口のバルコニー状のところから少し出てきて誘ったりする。個別の女の子は、ヴォルマンも言うようにちがっているけれど、マクロに見た売春街の雰囲気は、世界どこでも同じだ。ただヨーロッパのほうがもう少しメディアや小道具に頼る部分が大きい。

 どの店も、大差ない感じだ。適当に中に入ると、そこには便所の仕切のような薄汚いベニヤの区画があって、その中でやる仕組みになっている。いくつかの区画は埋まっており、それらしき物音と気配が聞こえてくる。ことばは全然通じないが、女の子たちが群がってきて「あたしあたし」という感じで、コーラが出てきて、そのまま話そうとしていると、ママさんらしき人が顔をしかめだして何やら怒っているようだ。まあそうだ、これは悪質な冷やかしで、営業妨害以外の何物でもない。翌日は早朝からシアムレップに向かわなきゃだし、それ以前にこんな場所では立つものも立たないので(ぼくはみんなが思うより繊細なのだ)、騒がせ代で二ドルあげてそのまま帰ってきてしまった。でも今考えると、やりすぎだったと思う。

 売春宿のママさんも、どこでも同じだし、ついでにいえば客も大差はない。

 ここは地元の人間でも行くような、安いところだ。夜中に街を歩いていると、一階がクラブ(踊るクラブではなく、オヤジ式のクラブ)で、上のほうが部屋になっているとおぼしき建物がいくつかある。入り口に大きい観光バスが泊まっていて、部屋に入っていく男女連れがちらほらと見受けられる。女の服装は明らかにさっきのところより数段上だ。バンコクで言えば「クレオパトラ」のような店なのだろうか。そういえばバンコクにはもう五年以上も行っていない。

 一九九五年のカンボジアは、やっとクメール・ルージュの狂気から逃れて普通の日常に戻れたという、ホッとした空気と明るさがあった。でも傷跡は、まだ至るところに見られる。キリングフィールドと、中学校を改造してつくった強制収容所兼拷問処刑施設は、是非とも見ておくべきだろう。これは本書にも登場する。だれと話をしても、クメール・ルージュの話は避けて通れない。親が殺された。親戚がどこかに連れていかれた。学校がクメール・ルージュ式になって、それがもとに戻って、わけがわからなかった。小学校で同級生が、いつの間にかクメール・ルージュの兵隊になっていた。建物が壊された。アプサラの頭が落とされた。シアムレップでは、ちょっと奥に入ると未だにゲリラが出るのでアンコール遺跡のいくつかには入れない。無理にバンテ・スレイ遺跡に行こうとしたフランス人一行が、ぼくの行くほんの二ヶ月ほど前に殺された。安全な場所でもゲリラよけに毎晩地雷が埋められるので、ガイドなしでの見学は禁止されている。あちこちの建物に、弾痕が見られる。

 こういう女の子たちに会ったり、こういう光景を目にしたり、話を聞かされたりすると、どうしていいかわからないような、めまいのような戸惑いが感じられる。自分が何事もなく平穏に暮らしていたあの時期に、ここではそんなことがあったのか。この子は全然別の運命をたどって、自分には決して知り得ない体験を経て、光景を目にして、こうして今、ぼくの目の前のここにいるのか。それを真面目に考えはじめると、何と言っていいのかわからない。

 一方で、そんなことをまったく意に介さず、弾痕より男根だぜ、とか言いつつぐわっはっはとばかりに女郎買いにいそしめるヤツもいて、そういう爽快なまでの鈍感さもうらやましく思える。いや、それは鈍感さなのだろうか。むしろ欲望と行動が直結した、純粋な意味での素直さのようにも思える。そして娼婦たちも、ごく単純に(それしかないから)とりえず売れるものを売ろうという素直さをみなぎらせていて、善意の社会活動家などが期待するよりずっと割り切ってあっけらかんと商売している。こちらは、そういうのを見て、やはり何と言っていいのかわからない。ただ、かれら(娼婦も、女郎買いをする人々も)のほうがずっとこの世界になじんでいて、その確固たる一部を構成しているような気がする。世界の側もそう思っているし、かれらのほうも、そう思っているように見える。  一方で、こちらはそのいずれにも何か違和感をおぼえつつ、どっちつかずの居心地の悪い思いをしている。

 ウィリアム・T・ヴォルマンが常に描くのは、そうした居心地の悪さである。この人には、これ以外の「系列」の作品はない。戦争が大好きで、ソ連制圧下にあるアフガニスタンにでかけようとして苦労してみたり、ナミビアにでかけたりしているけれど、それも単に、自分がもっとしっくりはまれるような世界のありかたを求めてのことである。社会の周縁に生きる人々への関心も、なんとか自分の場が見あたらないものか、という意識のあらわれである。社会的にはアウトサイダー的な人々が、隔絶したコミュニティを構成してその中で幸せに暮らしている――ヴォルマンはそういう人々を描く。自分にもそういう可能性が残されているかもしれないと思うからだ。そこに希望があるような気がするからだ。

 だが、その希望は決して実現することはない。

 それはあくまで個人的な感情であり、個人的な居心地の悪さだ。かつて某所で、ヴォルマンはマイナー作家であると述べた。かれが「大局的な視点」を持たないのは、別にオリエンタリズムに陥るのを避けるとかいうくだらない理由のためではない。単に、そんなものに関心がないだけのことなのだ。それはかれのテーマじゃないのだ。かれがこだわり続けているのは、あくまで自分の違和感であり、居心地悪さだけなのだ。

 もしこの居心地の悪さ(それはたとえば、ザ・スミスやニルヴァーナやナイン・インチ・ネールズが叫ぶ、あの世界の中での居心地の悪さと帰属感のなさである)がわかるのであれば、あなたはヴォルマンの世界を知っている。ダラダラと続く文章に慣れてきた頃に、この主人公のジャーナリストが、なにをこんなに自棄になっているのか、なぜかくも自虐的なのかは説明されるまでもなくなっている。あなたはそこに自分自身の姿を見いだすだろう。

 逆にこれがわからなければ、残念ながら(かどうかは知らないが)、あなたはヴォルマンの小説へのとっかかりを何一つとしてもっていない。せいぜいが、(アメリカの良識的人権団体などがそうであったように)「娼婦を好意的に描いている!」といって見当はずれのいいがかりをつけるくらいが関の山だろう。それはそれで、幸せなことだと思う。ヴォルマンも、そういうふうになりたいと心底思っている。ただ、何の因果か、かれは(われわれは)そういう風には生まれ育ってこなかった。それだけのことなのだ。だが、そのあなたは、自分が間もなく死に、それが世界には何の影響も与えないことを、よく考えてみてことがあるだろうか。そういうことを真剣に考えつつ本書を読めば、あるいは何か糸口がみつかるかもしれない。

 それがかれの小説への唯一の糸口と言っていい。社会問題だのテーマ性だの形式だのを糸口にしても、ヴォルマンの小説の意義は決して見えてこない。いろいろな書き方はあるし、いろいろな舞台はあるけれど、かれの書く小説は基本的にすべて同じものだ。だからこそヴォルマンは、四百ページも五百ページもあるような長編を次から次へと書き継ぐことができる。今年発表された新作 Atlas でもそれは変わっていない。同じ糸の続きなのだ。

 本書はWilliam T. Vollman Butterfly Stories (Grove Press, NY, 1993) の全訳である。ヴォルマンにとって8冊目の本となる。翻訳にあたってはGrove Press 版を底本に使用し、実際の作業はDEC HiNote Ultra CT475 + Windows95、Macintosh Quadra630 + System 7.5.1上でMS-Word 6.0/7.0+ATOK8を使って行った。一部、松原永子氏に協力をいただいた。感謝する。ありがとう。また本書の編集は、藤波健氏が担当された。本当は半年以上前に脱稿するはずだったのに、遅れて本当にご迷惑をおかけしました。もうしわけない。本書はぼくにとっても、最も時間のかかった面倒な訳だったが、その苦労に見合った結果は出せたと思う。

平成 8 年 10 月
品川にて
山形浩生

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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
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