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朝日新聞書評 2012/1-3

山形浩生

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ベイルズ&オーランド『アーティストのためのハンドブック』(フィルムアート社)

  自分に才能はあるのか、商業主義に迎合していいのか、このまま芽が出なかったらどうしよう、空気を読むべきか、スランプからどう脱出すべきか、自分のやっていることに意味はあるのか——本書が正面から取り組むアーティストの悩みは、他の人々も日々直面するものだ。そして本書が与える回答やヒントも、ごくストレートなものだ。才能より努力、でもその努力が報われる保証はない。正解はないので苦闘するしかない、でも同じ苦闘するなら、やりたいことをしよう——その答えも、他の仕事や活動すべてにあてはまり、アーティスト以外でも勇気づけられる。

 むろん、アート業界特有の問題などにも触れる。同じくアーティストの古典ガイドとして読み継がれ最近翻訳された、ヘンライ『アート・スピリット』よりは実務的ながら、いずれも長年読み継がれてきただけあって、シンプルで穏やかで普遍性を持つ。仕事、学業その他すべてに悩む人々におすすめ。 (2012/1/22 掲載, 朝日新聞サイト)

(コメント:最初、これは横尾さんにやってもらうといいかも、とか思ったけれど、すでに功成り名を挙げたアーティストよりは、もう少しつつましいところで頑張っている人のための本だと思う。)

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G・エスピン=アンデルセン『平等と効率の福祉革命――新しい女性の役割』(岩波書店)

 福祉の議論は公共頼みになりがちだ。医療も高齢者も育児も失業も国がもっと金を出せ――でも、家庭や企業も福祉をかなり提供している。そのバランスを見ないとだめだ、と看破したのが本書の著者エスピン=アンデルセンだった。きたる高福祉社会に向けて、彼は女性をもっと働かせろと主張した。福祉サービス職を増やし(企業の事業機会)、女性を働かせ(家計収入増大)、税収を増やせ(公共の負担力増大)!

 この分析と提言は大きな影響を与えた。そして女性の労働進出は進んだ。でもまだ中途半端な水準だ。一方であらゆる社会では格差の固定化と拡大が進んでいる。なぜだろう?

 本書はこの問題に取り組む。そしてまたもや明快な答を出す:家庭の育児を支援しろ、と。

 女性が働きやすいよう保育園の整備を、というだけではない。児童の知的発達は赤ん坊の頃に相当決まってしまう。その時期に親が育児に時間と資源を投資しないと、学業面でも所得面でもハンデを強いられる。ところが低学歴で低所得の世帯は雇用も不安定だし、慣習からも育児に投資しない/できず、その子供も低学歴・低所得になる。似た者同士の結婚でそれがさらに強化されてしまう。これが現在の格差固定と拡大の一因だ、と著者はいう。

 だったら、家庭の育児改善に公共がもっと投資しよう。ホントは赤ん坊を全部取り上げて国が平等に育てたいところだが、そうもいかない。だったら所得支援、育児補助、就学前教育の充実などにもっと投資すべきだ。それは女性の社会進出のみならず、経済全体の人材底上げにもつながり、高齢化社会の課題への取り組みも容易にする!

 議論はすべて統計的な裏付けを持ち、また経済学や脳科学的な発達論の成果も取り入れて、堅実ながらもきわめて斬新。また評者のような素人の驚く指摘も多い。高福祉とされる北欧諸国は、その分だけ税金で取られるので実は見た目ほど高福祉でないなど。

 そしてもちろん、この提案は即座に政策的な意味を持つ。本書の議論からすれば、あの子ども手当も趣旨としては意義を出せる。些末な名称変更にうつつを抜かしている場合ではないのだ。

 訳者の解題は、日本女性の低い社会進出状況については詳しいが、本書の議論の核心にまったく触れず不満。本書は今後の社会における経済と福祉のバランスを実証的に構想した希有な本であり、その意義は女性問題をはるかに超えるのだ。少々専門的ながら、学者にとどまらず政策立案者や関心ある一般人も是非手にとって明日の社会像を考えてほしい。 (2011/10/30 掲載, 朝日新聞サイト)

(コメント:すばらしい本なんだが、本書の訳者解説には腹がたった。紙幅がなくて一行しか書けなかったけれど、ぼくは本書に対する誤解を招きかねないものとして積極的に批判されるべきだと思うし、またそれに迎合した邦題の副題のつけかたも、望ましくない。「新しい女性の役割」が主題じゃない。新しい女性の役割に対応した社会のありかたのほうが主眼だ。ところが訳者は、自分の専門のジェンダーなんとかの話につながる話ばかりに終始して、本書の中心的な議論について何も触れない。そんなの解題じゃなくて、自分の研究紹介だろう。何かかんちがいしているとしか思えない。
 訳者たちが本書につけた用語解説も、非常に疑問。「回帰分析」とか「外部効果」とかいうのに説明がいるかね。「学校環境」というのの解説は文化資本や学歴資本の話ばかりで学校環境についての説明皆無。「均衡」とか「協調的交渉」の説明で挙がっている参照文献は、ゲーム理論の初心者レベルの新書でげんなりだし、しかも最後まで読むと、結局それは実際の中身とは関係ないそうな。じゃあ長々とページ使って書くなよ。ぷんぷん。)

これ以降の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/wlj-Friday/searchdiary?word=朝日新聞書評を参照。



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