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be: 自己責任論 草稿その1

(朝日新聞 土曜版 be 2004/05/15号)

山形浩生



  ぼくはイラク邦人誘拐事件で、人質たちの自己責任を否定する人々に驚いた。その主張にも、主張する人々にも。だって根本的に変な議論だし、さらには長期的に禍根を残しかねないんだもの。

 まず基本。当然の話だけど、ほぼあらゆる活動には公私の役割分担がある。自分でできる部分は自分でやり、それを越える部分は社会全体でプールしたリソースで対応。それが多くの場面での社会の仕組みだ。公私の境界については諸説ある。でも個人が負担する自己責任があることは絶対否定できないんだよ。国民の多くはそれを知っている。ぼくたちパンピーは、現に自分のヘマの責任はおおむね自分でとってるもの。それを無視した変な自己無責任論は、どんな高尚な理論に基づこうと説得力はそもそもまるでない。

 そして社会のプールは有限だから、真に有用な活動のために温存しよう。自己努力をさぼってプールを浪費したがる個人は拒絶するか、プールの目減り分の一部負担を要求するのが正しい社会運営だ。国や政府は大きな社会とその管理人なんだよ。だから国民や政府が、人質たちが責任を果たしたか気にするのは当然だ。今回の場合、責任ってのは十分な情報収集と装備と安全体制確保、できれば保険でしょう。ところが人質の皆さん、何一つやってなかった。事後のプールの補填もはした金。社会制度の濫用もいいとこだ。邦人保護は政府の義務だろうって? うん、だから政府は救出努力をしたでしょ。でもなぜそれで自己責任の議論がダメなの?

 また連中の活動が立派だから非難するな、という人もいる。でもその人たち、実際のかれらの活動を調べたの? 高遠氏のボランティア経歴は短期の腰掛けばかり。イラクでの活動も、上は二〇歳(!)の大人のシンナー遊び男たちに飯をやったり、風呂に入れたり。何の意味があるの? 今井氏は劣化ウラン被害をネタに絵本を作るのが目的だった。でも英語さえ片言の子が、行ってどうすんの? 白血病の子を見ても、その原因が劣化ウランかなんてわからないんだよ。絵本だって、成果が出るのは何年先だ? 残りの三人も、功名狙い以上の活動とは思えない。どれも何の緊急性もなければイラクへの直接的なメリット皆無。これに敬意を示せだの大目に見ろだの主張するのは、あまりに苦しい。

 だから自己責任は当然あるし議論されるべきだ。そして最後にもっと大きな問題。自己責任否定論者は、それがその責任の裏返しの自由を否定しかねない議論だとわかってるの? 自分の行動に責任もとれない無責任な連中を野放しにするな、ガチガチに管理しろ、という議論は十分に成り立つのだ。そしてNGOだから大目に、と主張する人々は、それが他のすべてのNGO活動をあの人質たちのレベルにまで貶め、国民の支持を失わせる主張だと理解しているだろうか? さらにぼくは自己責任否定論者の多くが、他の場面では自由の重要性を主張し、NGO活動の重要性を訴える人々だということに唖然とする。ねえ、その自己無責任論って、自分の首を絞めるヤバい議論でしかないのでは? そしてほんとはあなたたちこそ率先して自己責任の明確化に動くべきなんじゃないの? ぼくはそう思うのだ。

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YAMAGATA Hiroo<hiyori13@alum.mit.edu>
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