Valid XHTML 1.1! クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

『WIRED』の苦悩とインターネット

(朝日パソコン 連載、1994年あたり)

ジェニファー・キャラハン(MIT建築学部)談
山形浩生編訳



 「それにしても」と、怒る元気もないといった情けない表情で彼女が投げ出したのは、WIREDの最新号だった。「それにしても、だ。WIREDっていつからこんな、つまんねークズ雑誌になり下がったのかな」

 ――クズ雑誌というのはチト言い過ぎかな。93年から94年にかけて、WIREDはコンピュータがらみの雑誌でまちがいなく一番刺激的でおもしろかったじゃない。いや、コンピュータ雑誌に限らず、その他全雑誌を見渡してもベスト5には入ってた。技術話にとどまらず、文化やビジネス方面にも目配りがきいてたし。今だってその名残くらいは・・・

 「なんだよ、えらく物わかりがいいじゃん。昔はよかった。それは事実。だからこそ最近のが頭にくんの。ここ数号の表紙って、ベル・アトランティック(電話会社)の社長に裁判実況中継会社の社長、それにケーブル会社Viacomの重役? なにこれ。それもなにかおもしろい分析でもしてるかと思えば、電話会社とケーブル会社の縄張り意識の誇示。普通のビジネスプランに毛が生えたような代物。昔のWIREDなら絶対にこんなもの載らなかった。

 最新号の表紙のブライアン・イーノだって、ファンだけど、今、表紙に出る人じゃないわな。同じ号のGateway(大手IBM互換機メーカー)の取材だって、顧客満足だのニーズ対応だの、これじゃ間延びしたビジネス雑誌だよ。

WIREDの政治性

 ただ・・・私見だけど、初期のWIREDを支えてたのは、何よりも政治的なポジショニングね。それを失ったのが、今のWIREDの一番のつらさだと思う。テクノロジーと文化やビジネスとかいう守備範囲の広さも確かにあった。例の情報スーパーハイウェイ騒ぎがあって、一般雑誌が技術っぽい話に二の足を踏んでいた時に、いちはやくその文化・社会的意義も含めた『わかった』記事を続々と出した功績はでかい。

 さらにその際にWIREDは、最近あちこちで見かける、間抜けな物書きのニュートラルな(i.e. つまんない)付け焼き刃概説記事を使わなかった。EFF なんかとつるんで、政治的なポジションを非常にはっきりうちだしたよね。インターネットは個人の自由を拡大! アンチ大企業! 結果的にそれが、ネット界のオピニオン・リーダー的な地位をもたらしたわけ。ポジションが明確だから、記事なんかの視点も明快で強力で、雑誌のカラーが鮮やかだったんだ。それがWIREDの最大の魅力だった。最初の数号なんて、ClipperチップがらみでモロEFF広報誌だったし。

EFFの盛衰

 そのEFFだけど、なんだかんだ言いつつ、旧ブッシュ政権の翼賛っぽい色があるって言われてんの。Clipperチップ反対運動が盛り上がってた頃は、それでも特に問題ない、とゆーか好都合だったわけよね。クリントンの政策に難クセつけんのと、「プライバシーと個人の権利保護はアメリカ建国理念!」とかネットの良心を気取るのとが両立したわけだから。それが悪いってんじゃない。ハッカーなんて烏合の衆だから、ああいう政治力のある団体はすごくありがたかったと思う。

 でも、つぶしたはいいけど、Clipperの背景のネット・セキュリティと悪用防止の両立って問題には、何の代替案も出せなかったでしょ。PGP ? 現状では無力もいいとこね。面倒だし。使ってもいいけど、相手がほとんどいないじゃん。

 それ以降のEFFって、何してんだろ。細かい動きは続けてるみたいだけど、聞こえてくるのは幹部がクビになったの分離独立したのいう内紛さわぎ。ハッカーたちの盛り上がりも立ち腐れちゃったし。もっともClipperチップの改訂版が近々出るって噂もあるし、そしたらかつてのノリが復活する・・・わけないか。

 で、EFFが下火になると、WIREDも訴求力を失ってきた感じ。ポジションが不明確、記事の指向もあやふやで、最大公約数でお茶を濁すっていうか・・」

――マーケットリサーチ型雑誌になっちゃったと言うか・・・

 「それそれ。そしてのさばってきたのが、MITの身内を悪く言いたかないけど(笑)、巻末でいい気なことばっか書いてるこの風呂桶オヤジ ! こいつの商売人根性ばっかうじゃうじゃ増殖して。ウー、うっとーし!」

大統領選とWIRED?

――次回の大統領選で共和党が勝ったら、そこらへん少しは変わるかな。

 「選挙自体はあんまし関心ないや。なるようになるでしょ。NIIの話は個人的にはもう聞きあきたし、4月末でNSFNetの予算が切れて、あとはもう勝手に動く状況ができてる。共和党のほうも、情報云々で似たようなこと言い出してるし。

 個人的にはゴアが好きだけど。こう、nerd(おたく)の血を脈々と持ってる人だよね。MITにきた時は、後のスケジュールほっぽり出してAthena のターミナルにかじりついちゃって、引き離すのに一苦労だったってさ。焦った側近が「あのコンピュータを何気なく故障させろ」とシステム管理者につめよった、というのはさすがにウソだと思うけど。

 なに、ゴアが大統領選に出るなんて言ってる人がいんの? バカだな、出るわけないじゃん。ホントにやりたいことがあるテクノクラートなら、あんなPR看板業務ばっかの職なんか嫌がるもん。何言ってんだか(だいたい、ゴアが立候補したらどうだっての?)。まあ、大統領って個人の資質だけで決まるもんじゃないし、成りゆきで出馬する羽目になっちゃうかもしれないけど。かわいそ。

雑誌の未来?

 で、話をWIREDに戻すと、選挙便乗でポジションを打ち出すのはキツい。どっちも似たようなこと言ってるから。しかも、内容的には他の雑誌が追いついてきた。文化だビジネスだで差別化すんのは困難。一方で本当に先端の技術的な話を始めたら、BYTEやScientific Americanにはかなわない。そういう状況下でWIREDの存在意義がなくなりかけてきてる、というのが結論かな。それとWebも脅威。WIREDって、ネットで拾ったネタも多いでしょう。そんならWIREDなんかに頼まないでも、自分であちこち偏向したサイトとリンクをつくれば済むもん。現にあたしのMosaicのホットリストのほうが、絶対におもしろい! 一方で連中のWWWのHotWiredは、初期の持ち味をある程度は維持できてるんだ。

 だから今、WIREDはホントつらいところにいるわけ。今までの貯金があるうちに、どう次の段階に脱皮するか・・・急いでほしいよね。あたしも短気だし。ま、失敗しても知ったこっちゃないか」

――でもそれ、WIREDに限らず、すべての雑誌が直面しつつある問題だよなぁ。

「うん。その意味でもWIREDは先駆的だ、と言ってもいいんだけど(でも、言ってどうなるわけじゃないわな)」


*1
Electronic Frontier Foundation. ネットワーク社会における自由や個人の権利を守るためと称してロータス社創設者ミッチ・ケイパーやグレイトフル・デッド作詞者ジョン・ペリー・バーロウなどが創設した圧力団体。

*2
情報回線のセキュリティを確保し、一方でその悪用を防ぐため、アメリカで通信機器に導入が義務づけられかけた暗号化デバイス。政府が解読の鍵を持つシステムとなっており、プライバシー侵害と検閲を懸念して反対運動が高まった。アルゴリズム自体にも欠陥が見つかり、とりあえずはお蔵。

*3
公開キー方式の暗号化プログラム。無料なのと、アルゴリズムやソースコードが公開されていて変な裏口がないのが確認できることから、ハッカーたちには人気がある。

*4
風呂桶とはMITメディアラボの別称、もとい蔑称。その建物(設計:I・M・ペイ)が、四角くて総白タイル張りなのでこう呼ばれる(この建物、使い勝手の悪さでも有名)。だからそこのオヤジというのはつまり・・・

*5
MITの学内ネットワーク。クライアント・サーバ型分散処理ネットワークの先駆例。

前号へ 次号へ  朝日パソコン インデックス YAMAGATA Hirooトップに戻る


YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
Valid XHTML 1.0!クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
このworkは、クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
の下でライセンスされています。