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alc2016年08号
マガジンアルク 2016/02

山形浩生の:世界を見るレッスン』 連載 108回

バングラデシュ邦人テロに思う、己のセコい体験

月刊『アルコムワールド』 2016/08号

山形浩生

要約:バングラデシュでテロがおこり邦人犠牲者も大量に出た。バングラデシュはぼくも電力部門を見る中で反改革の示威行動に出くわして縮み上がったが、今回の事件に比べればお笑いでしかない。


 前回まで、二回続けてバングラデシュの話を続けてきたら、なんとバングラで、しかも邦人のJICA開発援助関係者が大量に犠牲となったテロ事件が起きてしまった。あの事件、本当に人ごとではなく、現場もぼくがバングラのプロジェクトをやっていた頃によく出かけていたあたりだ。報道を見ながら、「防げなかったのか」とかしたり顔で言うコメンテーターどもには、本当にどす黒い思いを抱かざるを得なかった。あれは本当にどうしようもない。そしてまさにそういう場所だからこそ援助が必要なわけで……

 実は今回も、バングラで怖い目にあった話を書くつもりだったんだけれど、実際に犠牲者が出た事件の後では得意げに書くような話でもないようにも思える。が、まあ記録の意味でも書いておこうか。

 そのとき、ぼくがやっていたのは電力がらみのプロジェクトだった。日本の援助で作った発電所を、バングラデシュの電力会社が数年でこわしちゃったので(!!)また作ってよ、という申請がきていたんだけれど、こわしちゃったとか簡単に言われましてもねえ。その調査のために、ぼくを含むチームが派遣されていたのだった。

 で、まずは関係者にいろいろ話をきいたところで、当然ながら実際に現場を見る必要がある。そして現場に明日出かけますという日になって、とんでもないニュースが飛び込んできた。

 その日、その発電所に出かけたアジア開発銀行の視察団が、待ち構えていた労組のデモ隊に取り囲まれて、車からひきずり出されてぼこぼこにされた、というのだ。

 当時、世界的に発電所はどんどん民営化しろ、というのが一大潮流だった。バングラも含めて世界的に電力会社は政治的圧力で電力料金をあげようとせず、おかげで赤字垂れ流しだった。だから電力は構造改革して発電部門は民営化しろ、採算取れるように政府と独立の経営をしろ、というのが基本的な考え方だ。世界銀行もアジア開発銀行も、それを各地の途上国でバカの一つ覚えのように押しつけていた。

 そして、赤字削減のためには当然、首切りも必要となり、労組には大いに恨まれていた。バングラでは、それが実力行使につながったというわけ。

 ぼくたちは当然、縮み上がった。本気かよ。明日ホントにそんなとこに行くのかよ!現地のひとは「大丈夫だよ、おまえたちは構造改革じゃないから」と言うんだけど、そういう細かい話が本当に通じるのやら……

 そして翌日その発電所の前にでかけると、「構造改革反対」と段ボールに手書きのプラカードを持った連中がいる!そしてそれが車の前に立ちはだかる!うわーっ! すごくいやな脂汗が頭のてっぺんから流れてきて……

 開発援助の現場にはその後もずっと通っているけれど、実際に多少なりとも敵対的な意図を持ち、暴力も辞さない相手と直面したのは、今のところそれが最初で最後だ。もちろん、こっちは車の中だし、実際のテロに遭った人々に比べればママゴトではあるのだけれど……

 幸い、よく見ると総勢五人ほど。いきなり何か乱闘が始まりそうでもない。いっしょにきた電力会社の人が車を降りて「こいつらはちがうよ、発電所を直しにきたんだよ」と説明すると、そうかそうか、と通してくれたけど「ノー・リフォーム! オッケー??!」とにらみをきかせるのは忘れなかったっけ。

 結局その調査では、タービンが壊れたのは操作ミスだけれど、今後はちゃんとマニュアルを整備して教育も徹底するということで、追加の援助をしてもいいということになった。だけれど、ぼくは未だにバングラときくと、前回の火あぶりの話と今回の電力労組の思い出がよみがえる。今回のテロも、ベースにはそうした暴力に対する規範の差もあるはず。開発援助はある意味で、その規範を少しずつ変えるための基盤作りでもある。今回不幸にも、不運にもその犠牲となった方は、本当にご冥福をお祈りしたい。



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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>