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alc2016年02号
マガジンアルク 2016/02

山形浩生の:世界を見るレッスン』 連載 105回

投票したらカニをあげる? 投票をめぐる「ナッジ」の功罪

月刊『アルコムワールド』 2016/02号

山形浩生

要約:アメリカ大統領選が話題だが、選挙のたびにハワイの開発業者が、カニで釣って投票率をあげ、サイレントマジョリティを動因して自分の意志を実現した話を思い出し、選挙での公平について考えてしまう。


 いま、アメリカの大統領選がなかなかおもしろいことになっていて目が離せないのは読者のみなさんの多くも同様だと思う。もともと、共和党のブッシュ一族と民主党のマダム・クリントンというガチの鉄板候補同士の戦いと思われていたのが、共和党は混戦状態、さらにそれぞれポッと出の泡沫候補だったはずのドナルド・トランプとバーニー・サンダースの猛追をくらって、いまや各党の本命候補になれるかどうかも揺らいでいる。

 これを書いている時点でちょうど、ニューハンプシャー州での予備投票が終わって、トランプとサンダースがそれぞれ圧勝。まあある程度は予想されていたとはいえ、やはりこれほどの大差になるとは予想外で、特にヒラリーさんは目に見えて焦っている。前回もガチ本命だったのがオバマに足下をすくわれて、今回もまたあの悪夢の再演か、と本人も周辺も(そしてぼくのような野次馬も)思っていて、なんだかこの人、大統領になりたくてたまらないのに、ホントに運命に嫌われてるのねー、という感じ。

 その一方で、アメリカでは選挙はすべて金次第でほとんど結果が予想ついてしまう、というような話もよく聞く。前回の選挙のネイト・シルバーによる予測的中は話題になった。そして、それを左右する選挙コンサルタントの優秀さもよく聞かれる話だ。

 実はかつて、ある日本の開発業社がハワイにマンションを建てようとしたら、珍しい鳥の生息地があると環境保護団体が騒いで住民投票を実施し、開発が中止になってしまったことがある。その開発業者は怒り狂って、何とかできないかと相談したところ、選挙コンサルタントを紹介された。

 で、そのコンサルタント、まずは住民投票の手続きに瑕疵を見つけて、再投票に持ち込んだ。そして……そのコンサルタントは、ハワイのあらゆる地区の住民のすごいデータベースを持っている。それを使って前回の投票結果を分析したところ、その住民投票にわざわざ足を運んだのは、妙に環境意識の高い偏向した住民ばかりで、それ以外の市民はむしろ開発賛成だけど、投票に足を運ぶほど関心がなかっただけ、というのが判明した。つまり、投票率をあげれば、それだけで住民投票に勝ててしまう!

 そしてそのコンサルタントのアドバイスは、「投票所の横でカニのバーベキューパーティーを開いて、投票にきた人全員にふるまえ」というもの。そのデータベースによると、その地域の住民たちはカニに目がない。カニで釣れば必ず投票にくる!

 そしてまさにその通りになったそうな。みんなカニ目当てできて投票し、投票率は前回の数倍。むろん聞いたこともない鳥の生息地なんか普通の人はどうでもいいので、マンション開発はめでたくOKが出た。そしてコンサル料が思ったより安かったので、その開発業者は余った金で最初に自分の邪魔をした環境団体に壮絶な嫌がらせを……

 この話を聞いて、なんかそれって選挙違反じゃないかと思う人も多いんだけど、何もそんなことはない。だれでもカニはもらえた。特定の投票を依頼したわけじゃない。むしろ投票率が上がったという点で、少数派の歪んだ主張ではなく広い民意が集まったという点で、公正な選挙の実施に貢献したともいえるほど。

 このエピソードはいろんな見方ができて非常におもしろいんだが、アメリカの選挙コンサル恐るべし、というのはみんな思うところだろう。好物の食べ物まで押さえてるのか!

 そこまでツボを押さえられていると、選挙は金次第というのも納得できてしまう。そしてそれ故に、選挙なんか儀式以上の意味はないんじゃないかとも思えてしまうんだが。

 でもサンダース候補なんか、まさにそれを批判するために出馬している。かれが接戦を繰り広げられるということは、実は必ずしも選挙は金次第ではないということを逆説的に証明してしまっているようで、これまた興味深いところ。さて、これが掲載される頃にはまた大きな動きがありますかどうか……



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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>