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alc2014年08号
マガジンアルク 2014/08

山形浩生の:世界を見るレッスン』 連載 96回

深圳:コバンザメ都市から高速イノベーション都市へ

月刊『アルコムワールド』 2014/08号

山形浩生

要約:かつてコピー粗悪品の巣窟と思われていた深圳は、香港のコバンザメ都市として開発されたものの、ニセモノ作りで培った開発力と製造スピードがいまや新規開発とプロトタイプ製造の原動力となって、イノベーションの中心的な存在にまで発展。日本も安閑とはしていられない。


 実は8月頭、臨月の妻をほっぽって、ぼくは深圳に遊びにでかけていたのだった。

 深圳というのは、香港の隣に中国が作った国策都市だ。香港との国境貿易で儲けてやろうという中国が急ピッチで作った都市だ。初めて出かけた八〇年代末には、ほとんど空き地だらけの荒野で、その後出かけるたびに、そこら中がものすごい建築ラッシュ。鉄骨造か最低でも鉄筋コンクリで建ててほしい建物を平気でブロック積みで作っていてゾッとしたものだ。一時は治安が悪いとかいかがわしい商売が横行とか悪い噂もたち、またその後はパチもののデザイナー衣服屋(昔、香港でよくみかけたようなやつ。布を持ち込めば好きなデザインの服を半日で作ってくれる)が乱立したり、決してよい評判とはいえない時期もあった。

 だがそれがいつしかだんだん発展を遂げた。香港の寄生虫みたいな存在だったのがいつしか自立したおもしろさを持つようになり、駅前などからだんだんファッショナブルと言えなくもない洗練ぶりも出てきたし、地下鉄もがっちり調え、都市域もすさまじい広がりを見せて、秋葉原の数十倍と言われる巨大電気街を擁するようになり、そしていまやきわめてユニークな、アジアの他品種少量生産の一つの核にまでなっている。

 今回ぼくが見物にいったのは、まさにその他品種少量生産の現場だった。中国商品はコピーばかりの粗悪品というイメージがあるし、そういうものは確かにある。でも変なコピーの組み合わせをするうちに、オリジナリティとしか言えないものも出現しつつある。さらには、経験を積むにしたがって経験値もどんどん上がってきている。

しかも、そのスピードはすさまじい。あまりに早くて、発売前はおろか発表前のアップル製品のコピーがすでに店頭に並んでいるのはご愛敬。でも、パチものを作るのだって、一応金型を起こし、回路を組み、それを筐体に収め、というプロセスは必要になる。それを曲がりなりにも(ほとんど一夜にして)やってのけるのは、単にコピーがうまいとかいうレベルではすまない。それはまさに、試作品をものすごいスピードで作っているということだ。

そしていまや深圳には、それの試作品の製造スピードに眼をつけたベンチャー企業が集まり始めている。そしてまた、そのベンチャー企業に出資するような資本がアメリカから入り込みつつあるし、そうしたベンチャー資本家たちは、自分の支援するベンチャー企業の尻を叩いて深圳に缶詰にして、新製品開発にあたらせたりしている。ここの電気街では、この世で生産されているあらゆるLEDが集まっているというビルがある。各種パーツもすぐ手に入る。ダメならすぐ特注に応じてくれる工場も山ほどある。ベンチャーでは、その環境が可能にするスピードこそが重要なのだ。

もちろんその背後には、中国の安い労働力による、人海戦術のタコ部屋労働的な部分はある。ただし、もはや中国は安いだけではない。むしろ人間の融通とノウハウを使い、次々に作り方を変えるような技能が要求される高度な生産になってきている。そしてもちろん、それを受けて深圳そのものの人件費はどんどん上がる一方であり、タコ部屋的な単純労働などもはや成り立たなくなっている。

 こういう話は、もちろん理屈としては知っていた。が、目の当たりにするとやはり、たじろいでしまう。日本のネットにはびこる口先だけの愛国連中はもとより、役所や高齢なビジネス業界誌は、すぐに中国はダメで日本のモノ作りはすばらしいとか、世界に誇るアキバとか、大田区の工業技術の柔軟性と即応性は世界一とか言いたがる。そしてそれを使ってイノベーションを、世界のモノ作りの先頭に立てる、とか言いたがる。でも……そう言っている時点ですぐにぼくたちは、とっくに足下をすくわれているのだ。



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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>