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alc2014年02号
マガジンアルク 2014/02

山形浩生の:世界を見るレッスン』 連載 94回

日本の中古車はストリップクラブの夢を見るか?

月刊『アルコムワールド』 2014/02号

山形浩生

要約:マラウイで、日本の中古車に書かれている日本語がエッチなものでないか不安がる神父さんの新聞当初を見たが、神父さん、自分の願望を日本の中古車に投影してはいけませんよ。


 途上国はどこでも、日本の中古車が大人気だ。丈夫で長持ちするし、燃費も結構いいし。そんなわけで、どこへいっても日本車が走っている。それも再塗装なんて面倒くさいことはしない。日本で走っていたときの塗装そのままで、商用車の場合には、その店のロゴも店名も電話番号も、すべてそのままついている。

 これは慣れてしまえば、なんとも思わなくなる。でも最初のうちは、メキシコを京都市のバスが走っていたり、ガーナの乗り合いバスが長野県の幼稚園の箱バンだったり、変なミスマッチがたくさんあって、ついついニヤニヤしてしまうのだ。もちろん、現地の人はそんなものはまったく気にしない。それどころか、むしろそれが正真正銘の日本車の証拠だということで、かえって喜んでいる人も多い。

 でも、それを気にしている現地の人も一部にいるのだ、と知ったのはマラウイ(これは南アフリカの南アフリカのちょっと上にある、内陸国だ)で仕事をしていたときのこと。現地の日刊紙の投書欄に「マラウイの人々はもっと礼儀や風紀に気を遣ってまわりから見て恥ずかしくないようにしなければいけない」という、地元の神父さんからの投書が出ていたのだ。ゴミをポイ捨てする連中が多いとか、老人をいたわらないやつらが多い、とかいう日本でもよく聞く年寄りのグチがいくつか並んで、ああどこでも年寄りは同じだなあ、と思っていたら、突然日本車の話が出てきたのだった。

 曰く「マラウイの町中には、日本からの中古車がたくさん走っている。日本語の宣伝や表示がすべてそのままになっているが、あれも風紀上問題である。だって何が書いてあるかわからんではないか。あそこに『こっちのストリップクラブにいらっしゃい』とか書いてあったら我が国の恥だ、書かれていることを確認て取り締まるべきではないか!」

 この種の心配というのは、むしろそれを口走る人のことを雄弁に物語ることが多いのはいずこも同じ。そんなほうに頭がまわる人がいるとは、ぼくはまったく予想外で、つい大笑いしてしまったのだった。昔、アメリカの議員がイギリスの赤ちゃん向け人気テレビ番組『テレタビーズ』を見て、紫のハンドバッグを持った着ぐるみ宇宙人のティンキーウィンキーを見て、「紫はゲイの色だ! 同性愛者を子ども向けテレビに出すとは!」と騒いで、死ぬほどバカにされた事件があったけれど、そんなことを思いつくのはあんた一人です!

 それがあまりにおもしろかったので(それと暇だったので)「いやいや、日本はもともとそんな変なことが書いてあるトラックや車は町を走ってませんから大丈夫。マラウイにそんな中古車がくる心配もありません、ご安心を」という返事をその投書欄宛てに書いてあげたんだが……あれは掲載されたんだろうか。その直後に帰国したのでわからないんだが。

 願わくばあのマラウイの神父さんが何らかの形でそれを見て、多少は日々のストレスが減ったことを祈りたいところ。もちろんあの投書を読んで似たような心配を始めた他のマラウイ人にとっても。しかし、変な心配をする人はいるもんで……とはいうものの、その後日本ではバスも電車も車体を広告スペースに提供するようになったし、萌え広告なんかもあちこちで使われるようになってきた。だから最近の中古車は当時よりももっとどぎつくて、ヘタをするとあの神父さんがショック死するようなものもあるかも。でも一方で、最近では中国の長距離二階建てバスなど、日本の痛車など目じゃないほど一面マンガまみれになっていたりするので、もはや日本車がちょっとハメをはずしたくらいではめだたない可能性もあるのだけれど。



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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>