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alc2013年08号
マガジンアルク 2013/08

山形浩生の:世界を見るレッスン』 連載 90回

動きの鈍いラオスの証券市場:おもしろさのために不安定要素を入れるべきか

月刊『アルコムワールド』 2013/08号

山形浩生

要約:ラオスやカンボジアの証券市場は上場数も少なくて動きも鈍く、そのために投資家も出てこない。投資家がちょっと投機でもできるくらいの動きを作ったほうがいいのでは、という気もするんだが……


 いま、ラオスにきてちょっと証券取引所のヒトと話をしてきたところだ。

 ラオスの証券取引所は、2010年10月10日と十並びの日にオープンした。が……オープンしたはいいが、しばらくの間は上場企業がまったくなく、開店休業が続いていた。しばらくして二社が上場した。株というのは何やらもうかるらしいと聞いた人たちがどっと買って、上場から一ヶ月ほどはぐんぐん株価は上がった……が、その後はそれがじりじりと下がり続け、そして一年後にはIPOの価格と同じ水準まで戻り、その後はほとんど値動きがない。

 カンボジアも同じような状況だ。カンボジアはラオスから一年ほど遅れて証券取引所をオープンさせたが、これまた半年以上も上場企業が一社もない状態が続いてきた。昨年四月にやっと一社上場したが、こちらは公開直後から株価がどーんと下がる有様。

 というわけで、どちらも株式市場はエキサイティングとは言いがたい状態だ。両国とも、証券取引所のオープンに伴って、いくつか証券会社ができた。が、市場の値動きがなければ、あまり売買もなく、あまり売買がなければあまり値動きもなく、という無限ループに入っている。

 執筆時点ではちょうど、アベノミクスのおかげで半年以上も上がり続けた日経平均株価が千円以上もドーンと下がった。ぼくは十五年前からアベノミクス(の金融緩和の部分)を支持し続けてきたし、一時的に下がったくらいで大騒ぎするなとは思っている。メディアを見ると、上がればバブルだと大騒ぎし、下がればアベノミクス失敗だと大騒ぎし、かしましいことではある。でもその一方で、ラオスやカンボジアを見ると、何もないのもこれまたつまらないし、株屋の出番もない。何もないのに比べると、上がりでも下がりでも、何かあったほうがずっといいんじゃないか。それがあるからこそ参入してくる投資家もいるわけだし。が、どうしたもんか……

 そしてこれは、スポーツなんかでもみんな考えることだ。たとえばサッカーでは、みんながゴール前に固まって動きがないゲームが続くようになっていた。そこで、オフサイドルールが導入された。面倒だし、運用には手間がかかるし、しばしばトラブルのもとになるので、コストはある。でもその一方で、みんながゴール前にかたまって防御だけに専念するようなことはなくなった。ゲームは再びおもしくなった。あるいは、水泳でもF1でもそうだ。多様性のない、意外性のないものはつまらない。いつも決まったものが勝つようではゲームの意味がない。だから平泳ぎは潜水泳法はだめになるし、F1でもいろいろ規定ができる。しばしばそういうのを見て、日本を不利にするために欧米人たちが恣意的にルールを変えた、とかいう発言がネットなどに見られる。でも別にそれは日本にイジワルしようとしたものではない。All for the game. すべてはゲームをおもしろくするためだ。

 というわけで、ラオスやカンボジアの証券市場も、ゲームとしておもしろくできないものかな、なんてことを考えたりするわけだ。どうすればいいだろう。上場基準を緩めたら? もうちょっと攪乱要因を増やすとか? これは、実際にやろうとすればむずかしい。「株価が変動しなくてつまらないから、もっとおもしろいエキサイティングでヤバイ市場にするルールを作ろうぜ」なんてことは言えない。少なくともたてまえ上は。規制監督官庁としては、株式市場が投機に走らず、健全にクリーンに動くようにするのが仕事ではあるからだ。が、ぼくは今後、安定性と健全性を確保するだけでなく、十分なリスクを確保するのも金融とか証券とかの規制の仕事になるんじゃないかという気はしているのだ。もちろん、リーマンショックやユーロ危機がまだおさまらない現在では、リスクなんかすでに多すぎるくらいだ、という人がほとんどなんだろうが……



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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>