cc-by-sa-licese
alc2012年10月号
マガジンアルク 2012/10

山形浩生の:世界を見るレッスン』 連載 79回

制度作りのむずかしさ:高校の工作課題を例に

月刊『アルコムワールド』 2012/10号

山形浩生

要約:開発援助では制度作りが重要とされるが、いうは易し。かつて高校の工作課題で使われたルールは、手抜きでも最低限は確保できて、力勝負の2番手争い、完全オリジナルなイノベーションを目指す一位狙いという各種アプローチを共存させた見事な制度設計だった。


 開発援助の仕事は、昔は単純に、学校や発電所や港を作る話だった。それが最近は、制度作りなるもの——法律や各種補助金の仕組みなんかを考えねばならない。でも、これは結構むずかしい。利権の巣窟にならず、自由度を残し、でも最低限の枠組みを確保するにはどうしたらいいか?

 こういう問題を考えるとき、いつもぼくが思い浮かべるのは、高校の工作で出た課題だ。

 マッチ棒を使って、高さ30センチ以上の構造物を作れ。その上にレンガを1個のせて、30秒持ちこたえたら60点(最低合格点)をやる。レンガ2個なら70点。3個なら80点。4個なら90点。自分が5秒間乗れたら95点。そしてマッチ棒の本数最小でレンガ2個乗ったやつに100点やる。

 ちょっと考えてほしい。あなたならどう取り組むだろう?

 まず、とにかくお手軽に単位がほしい子は、ありきたりなものを組み立ててレンガ1、2個乗せておしまいだ。所要時間1時間。さらに少し工夫して強度をあげれば、それに応じて点数が手に入る。これは非常に常識的なところだ。100本くらい使えば、レンガ4つくらい載るものはかなり手軽に作れる。

 でも、この90点を超える部分に入ると、いろいろ考えることが出てくる。マッチ棒で、自分が乗れる構造物を作るのはかなりの手間だ。ものすごくでかい構造物が必要になる。でも、とにかく物量作戦で時間と手間をかければ、絶対にそういう構造物は作れる。

 その一方で、最小の本数を目指すこともできる。だがこれは物量作戦ではできない。よく考え、徹底して無駄を削ぎ取り、ギリギリの構造でギリギリれんが2つを支えられるような構造。しかも、これは他人との競争になる。そして最小の本数を目指すなら、出発の時点で自分が乗れる構造物という方向は捨てるしかない。100点を狙いに行くという決意と戦略がなくてはならない。さて、どうする? ほどほどでいくか、安定と確実性の物量作戦を狙うか、それとも自分のアイデアと才覚に賭けるか?

 一方で、自分が乗れるものも以外とむずかしい。本数が多ければいいってもんじゃない。一カ所に体重が集中したら壊れる。そして、それだけ大規模な構造は何度も作り直せるもんじゃない。だから、自分なりに思いっきり強そうなものを作って、あとは提出日に、それが本当に自分を支えられるか祈るしかない。

 だから最後の採点式は実におもしろかった。半分くらいの人はレンガをそっと積んでいき、4個までいったら、万が一狙いでみんな自分の作品に飛び乗って……通常はつぶれる。でも意外に持ちこたえるやつもある。一方で頑丈そうなでかい構造が、荷重分布の見込みちがいで意外にもろかったりもする。

 そしてクラスの中でも、最も頭がいいやつと、最も美術センスがあるやつと、最も冗談好きなやつが、最小本数に挑んだ。彼らの作品はどれもどよめくほどユニークだったけれど (1本のマッチ棒を細かく割って構造を作ることで強度を出した作品の繊細さは、みんな息をのんだ)、結局百点をもらったのは、何かをしっかり支えるという「構造」の常識をまったく無視したものだった。妙にヒョロヒョロして高い作品の上にレンガを載せると、木工用ボンドの半乾き糊だけのジョイントがぐにゃっとゆっくり曲がって、構造物全体がゆっくりつぶれはじめる。でも、少なくとも30秒間は、レンガ2個が高さ30センチ以上に保持される。何というイノベーション!

 ぼくはいまでも、制度設計となるとこの高校での工作を思い出す。手抜きでも死ぬ事は無い。ふつうにやれば、普通の成績を取れる。ちょっと努力すれば、90点はかたい。その上に行こうとすれば、リスクはあるけれどがんばっただけの成果はたぶん得られる。でも、本当に最高の結果を出すためには、他人とはちがう発想をやらなくてはならない。

 普通の人は普通のやりかたでがんばれば、それなりにいい水準に到達できる仕組み。その一方で、暇や金にあかせた物量作戦よりも、エレガントなイノベーションが勝つ仕組み。そしてそれが適度な競争を生み出し、しかも多様性をもたらす仕組み。それが、ごく単純な得点方法で実現してしまう——そんな巧妙な仕組みがこの国の制度でも作れないかなあ、と思いつつ、できるのは遥かに鈍重で穴だらけの仕組みばかりなのだけれど。



前号 次号 マガジン ALC コラム一覧 山形日本語トップ


YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>