『山形浩生の:世界を見るレッスン』 連載 74 回
月刊『アルコムワールド』 2012/03号
要約:世界的になんか事故があるとすぐに観光客が減るが、むしろそういうところを狙っていったほうがいいのになあ。
観光客というのはよくわからないものではある。去年の東北震災で、東北地方はおろか日本への観光客が大幅に減ったのはまちがいないところではある。まあこれはわかる。特に原発事故の後では、何が起きているかすらよくわからないところへ行くのはどうよ、と思う気持ちはわかるのだ。特に放射線がらみでは未だに過剰反応している人がこの日本でもウヨウヨしているところだし。
でもそれ以外でも、かつてスリランカが津波に襲われたときにはスリランカの観光客が大幅に減った。被害を受けたのはインド洋に面したほんの一部の漁村だけで、主要な観光地はまったく影響がなかったのに。津波そのものよりもそうした観光客の不合理な行動のほうが、ずっと大きな被害を引き起こしている。
あと、テロがあると、観光需要は打撃を受ける。バリ島のディスコをアルカイダが爆破したときには、バリ島から観光客がさーっと引き、いつもならとても手がでない高級ホテルがものすごい値引きをしていた。一回テロがあれば警備も厳重になるし、むしろそのあたりはかえって安全になる見込みが高いと思うのだ。むろんかつての北部アイルランドとか、ある団体が拠点にしていて継続的にテロをしているところなら別だ。でも、単発ならまったく関係ないはずなのだ。
で、この一月に豪華客船がイタリア沖で座礁したのは、まだ記憶に新しいところかもしれない。あれだけ巨大な船が大きく傾いたそのビジュアル的なインパクトもさることながら、その船長さんの振るまいなども、狙ってもここまでできないくらいの抱腹絶倒な情けなさで、早速Tシャツのネタにもなり、結構おもしろいニュースをいろいろ提供してくれた。
そしてその後入ってきたニュースによれば、その座礁現場のジリオ島やその周辺のトスカーナ地方が、この事故の影響をずいぶん心配しているんだとか。「この事故のおかげで、観光への打撃は避けられない」とかなんとか。その分を船会社に請求しようと思っている、とのこと。うーん。
あなたなら、「あんな事故のあったところには行かないことにしよう」と思うだろうか。ぼくはむしろ正反対だと思う。だって……なんで打撃になるの? 別に震災やテロとはちがう。インフラが破壊されたわけでもないし、周囲のリスクが高まったわけでもない。
加えてあの巨大な船が横倒しになっている光景はすごい。あの手の巨大客船がいかに巨大かは、実際にまのあたりにしないとわからない。それが転がってるんだぜ。船の撤去まで一年がかりだというし、ぼくは真面目にこの夏にでも、トスカーナに見物にでかけようと思っていたほど。おそらく他にも、そう思っている人はたくさんいると思うのだ。だって、たぶんこの先当分、ほかのどこでも見られない絶景だよ? 今行かずにいつ行くね。こんなまたとない観光資源、そうそうないぞ。ぼくはこの付近は、かえって座礁景気に沸くんじゃないかと思うんだが。
まあ現地の懸念が正しいか、ぼくのような野次馬根性が正しいのか、それは一年くらいたってみないとわからないところ。現地が懸念しているということは、もしかするとすでに各種キャンセルが入ったりして、やばい見通しが生まれつつあるのかもしれない。
そしてひょっとしたら、事故や災害のあった周辺で観光客が減るのは、人が死んだりトラブルにあったところへ遊びにいくのは、なにやら不謹慎だというような気持ちが作用するのかもしれない。ぼくはこの「不謹慎」というのはたいがいがまったく無意味だと思っているのだけれど、そういうのを必要以上に気にする人もいるのは知っている。
が、他の場合でもそうだけれど、そういう場合には実際のテロそのものよりも、人々の意味のない印象に基づく行動のほうがずっと現地に被害を与える。東北の震災でも、やっと観光も少しずつ復活しつつあるらしい。ぼくは、ちゃんと震災ネタも観光資源として活用するべきだと思っているのだけれど、どうだろうか。
そしてむろん、トスカーナが観光客落ち込みで困っているなら、ぼくとしてはそれを支援するのはまったくやぶさかではないところ。どうです、みなさんもこの夏、イタリアで「さっさと船に戻れ」ごっこなどなさっては?