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alc2011年03月号
マガジンアルク 2011/03

『山形浩生の:世界を見るレッスン』 連載 52 回

発展の可能性があるベトナムと停滞する日本

月刊『アルコムワールド』 2011/03号

要約:日本はいま、政治も何も発展しようとしておらず、後ろ向きだ。ベトナムは発展するのがわかっているので、自信と明るさに満ちていて日本から赴任してきた人もやる気に満ちていてうらやましい。


 一月のハノイはとても寒い。真冬の日本を離れて、すこしは暖かくなるかと思ったのに。で、こちらにきて何をしているかというと、いろんな企業の話をきいているわけだ。

 もちろん仕事なので、その細かい中身を話すことはできないのだけれど、それはここでの話とは関係ない。でもいろんな人と話をしていて感じるのは、みんな表情が明るいということだ。

 その人たちは言う。いま、日本国内でやる仕事はどうしても後ろ向きだ、と。これから当分、日本国内の市場が大きく拡大するようなシナリオはあり得ない。日本国内の仕事はすべて、せいぜいが現状維持だ。ヘタをすると、事業縮小やリストラも考えなくてはならない。

 でもベトナムはちがう。

 むろん、ここでの事業が容易というわけじゃない。人材は結構優秀で器用とはいえ、気質的にむずかしいこともある。日本人なら常識的に、いわれなくてもやるような片付けをしないとか、あるいは下請けさんも、品質や納期を守るといった程度のことすらこなせない。だいたいできてりゃいいじゃん、ちょっとくらい質が悪くても製品は動くし、ちょっとした傷や歪みのせいで使える部品を捨てるなんてもったいないじゃん、という発想。いやあ、参りますよ、そういう基本から仕込まないとダメですからねえ、と日系企業の人々は言うのだけれど、それに続けて「でも……」というのだ。

 でも、ここは成長を見込んだ話ができる。事業をどう拡大しようか、次はどこへ進出しようか。それは本当におもしろい、日本ではついぞ味わえなかった気分だ、と。やっぱり自分の手がけた製品がどんどん売れるのは楽しいし、自分の仕事が成長するのはやりがいがある、と。

 最初にベトナムにいけと言われたときには、結構「げっ」と思ったという人もいた。それはそうだろう。かつての日本企業は、普通は国内勤務が通例、たぶんちょっとエリートっぽい人は欧米支社に転勤になったりして、一方途上国の工場に送られる人は、まあ左遷やドサ周りとまでは言わないけど、ヘタすりゃ出世コースははずれかもしれない。たぶん奥さん子供は連れてこられず、単身赴任だ。

 でもいまはちがう。別に家族をつれてきてもそんなに困らない。まあことばの問題はあるし、子供の学校は悩みの種ではある。でも、ブランドショッピングだってできる、日本料理屋だってある、それに日本側でもエスニック料理は普及して、ベトナム料理くらい平気で食える。

 そしていまや企業の中でも、アジア市場こそが成長市場でありドル箱市場となりつつある。日本に戻っても胸の張れる部署だ。別にそれは、その人が特に優秀だからじゃない。でもパイが成長している環境では、普通の人でも、普通に成功を手にできるということだ。

 そしてそれは、日本だけじゃない。欧米の銀行もそうだという。いまロンドンやニューヨークに行っても、そんなにおもしろくない。もちろん、ものすごく頭のいい超エリートなら、いろいろできるかもしれない。でも普通の人がおもしろい仕事をやって成功して充実感を味わえるのは、アジアだ(さすがにアフリカはまだつらいとのこと)。

 毎日そういう話を聞いて、戻る道すがらも、そこらのコーヒー屋や服屋だってずいぶん元気そうだ。いまだって食べるにはこまらないし、生活がこれから向上することをかれらは確信している。

 そして宿に戻ってテレビをつけると、日本の内閣改造(というよりなにやら政治取引で椅子を順繰りにまわしているだけにしか見えないけど)のニュースが出ている。その様子を見ていると、かれらは目先の人気取りだけしか考えておらず、みんなが幸せに成功できるような成長路線に日本を少しでも戻そうという意志はないようだ。残念なことだと思う。



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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
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