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alc2011年02月号
マガジンアルク 2011/02

『山形浩生の:世界を見るレッスン』 連載 52 回

来年はパンダ年? 文革と干支

月刊『アルコムワールド』 2011/02号

要約:かつて 1970 年代に、中国は辰年というのが非科学的だからこれをパンダ年にする、と宣言したことがあった。当時は楽しいと思ったけれど、今にしておもえばあれは悪名高い文化大革命の一環だったんだなあ。


 そろそろ年末年始ということで、来年の干支はなんだっけ、とみんな気にするようになる頃合いだろう。2011年は、うさぎ年か。通常、一年の中で干支を意識するなんて、この季節だけで、あとは自分の干支をときどき宴会のネタとして持ち出すくらいだろうか。

 でもアメリカに留学していた頃は、干支の話が出ることがしばしばあった。同級生たちとよく行った中華料理屋のテーブルに敷いてある紙が、チャイニーズ・ホロスコープと称して干支を解説してあったのだ。それを見て、今年は犬の年なのか、中国人は変なことを考えるなあといった会話から、日本もそれを採用していてあれこれ、という話になる。そして決まって出るのは、なぜこの動物が選ばれているのか、ということだ。チャイニーズ・ホロスコープというと、これは星座なのか? そう尋ねられて、ぼくは自分が干支の起源をあまりよく知らないことに気がついた。

 ちなみに星座ではないんだが、はっきりしたところはよくわからないようだ。なじみ深い動物をあてたんだろう、というと、むろん当然出てくるのは、なぜネコがないのか、という話だ。いちばん先方が納得してくれるのは、例の子ども向け伝承だった。ほら、神様が干支を割り当てるときに、ネズミはネコにウソの日付を教えて、おかげでネコは干支になりそこね、それを恨んでいまでもネコはネズミを追いかけるのだ、というやつ。

 そしてもう一つ出るのは、それじゃあおまえは自分が何年なのか知っているのか、という質問だ。もちろんだとも、ぼくはイヤー・オブ・ザ・ドラゴンなのだ、と答えるとみんな結構おもしろがってくれたっけ。イヤー・オブ・ザ・ドラゴン! なんかかっこいいな。ドラゴン人間は何ができるんだ? そう尋ねるから、いや別に辰年生まれだからって何か特殊なことができるわけじゃないよ。だって……このぼくだぜ? 何も特殊能力なんかないのは、おまえだって充分知ってるだろうに。そう言うと相手も笑ってはくれたのだけれど。

 さて、干支の話になると、ぼくは必ず思い出すエピソードがある。小学生の頃、というのは1970年代だったのだけれど、子ども新聞に中国からのニュースが載っていたのだ。干支の中で、竜だけが架空の動物だ。それは迷信であり非科学的なので、中国はもう辰年をやめて、これからはパンダ年にする、というニュースだった。ちょうど上野動物園にパンダがやってきたのと同じ頃で、日本全国パンダブームでもあった。ぼくは科学少年ではあったけれどこれにはちょっと違和感を覚えて学級発表会でそのニュースを発表し、パンダはかわいいけれど、竜のほうがかっこいいと思うので、日本ではパンダ年にしてほしくないです、というような感想を述べた記憶がある。

 むろんその後、中国もパンダ年を正式に採用することはなかったようで、ぼくもたまにふと思い出すくらいだったのだけれど、それから40年近くたった今年になって、分厚い毛沢東の伝記を訳しているうちに、ふとそのニュースが持っている意味合いに思い当たったのだった。1972年、折しも文化大革命まっさかり。破四旧、つまり旧思想・旧文化・旧風俗・旧習慣を打破せよというのが中国の至上命題だった時代だ。あれはまさに、古い迷信を打倒せよという文革運動の一端だったのだ。

 それに気がつくと、この話もかつてほど楽しいエピソードだと思えなくなってしまった。たぶん当時、批闘会のつるしあげで「おまえは辰年生まれを名乗って迷信的だ、自己批判しろ、おまえなんかパンダだ」とパンダのお面をかぶらされてリンチを受けた人もいただろう。

 年賀状にウサギのハンコを押しながら、そういう時代に思いをはせるのもずいぶん不思議なものではある。この年賀状を受け取る人々、そして読者の皆様にも、当時のような苦境とは無縁のよい一年をお迎えください。そしてこれからもよろしく。



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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
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