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alc2011年01月号
マガジンアルク 2011/01

『山形浩生の:世界を見るレッスン』 連載 52 回

北京の国策芸術支援地区の巧妙さ

月刊『アルコムワールド』 2011/01号

要約:北京の国策芸術支援地区789は、各地で成功した芸術家地区の教訓を見事に取り入れている。箱は作らず、おんぼろの安い場所を提供してある程度自由に任せるということ。そしてそれが成功すると、産業とからめてもとを取る。うまいもんだ。


 先日、久々にモンゴルに行ったら、いつの間にか毎月1日はノーアルコールデーと定められていて、氷点下の中でお酒も飲めませんでしたわよ。三年前に行ったときも毒入りウォッカ事件のせいでノーアルコールだったというのはこの欄にも書いたけれど、なんでぼくが行くときに限って!

 が、その乗り継ぎで立ち寄った北京は、この数年でめざましい変化を遂げていて驚いた。以前でかけたのはオリンピック前だったけれど、空気がずいぶんきれいになり、バイクがすべて電動バイクになっていること、北京空港新ターミナルがずいぶん立派な出来であることなど、いろいろおもしろかった発見はあるんだけれど、以前からの関心との関連でおもしろかったのが、789 芸術地区というやつ。

 これは国営工場周辺にアートギャラリーを集めた地区。工場自体は(何の工場かよくわからないけど)稼働中なんだが、その周辺の工員宿舎や倉庫をアーティストや画廊に開放して、一大アート地区を作っているのだ。

 集まっている作品がそんなにすばらしいかというと……まあそれほどでもない。ほとんどの作品は、張曉剛の笑う紅衛兵もどきとか、奈良美智もどきとか、これとこれとこれを足してみました、というようなものばかり。ふつうの絵と彫刻ばかりで、ちょっとありきたり。でも雰囲気はなかなかおもしろい。そして、もちろん国策のこの地区の作り方が、非常によく勉強してわかっているな、という感じなのだ。

 芸術支援やアーティスト支援というのはむずかしい。というより、アーティストなんて貧乏な変人ばかりだし、予想外のところに新しい価値や美を見いだすのがアーティストの仕事だ。だから変な支援のない、見捨てられて荒廃しているところが、アーティストの巣窟として発達したりする。ニューヨークのグリニッジ・ビレッジやソーホー、パリのカルチェラタン、あるいはベルリンのクロイツベルグやフリードリッヒシャインとか。だから行政がアート地区を計画的に作るのはとてもむずかしい。変なアーティストが事故を起こしたらだれが責任取るんだ、とかいう話になり、公的支援にふさわしい芸術を、とか言って古くさい利権まみれの選別プロセスを作ってしまったりする。

 いや、それすらできないことも多い。日本で芸術支援というと、こぎれいな美術館でも作るだけで運営にはろくに予算もつけず、しょぼい企画がさらにどんどんジリ貧になって、5年たつと赤字垂れ流しとかいって議会で責められるのが定跡だ。

 ところがこの789芸術地区は、は施設整備にはほとんどまったくお金をかけず、昔の国営工場の土地建物をそのまま使わせて、ある程度放任することで(むろん手放しではないんだろうが)活気を作っているらしい。文化政策と都市開発とをうまく結びつけていて、大したもんだ。そしてもちろん、それがさらには観光名所にもなるというわけだ。

 さらに 10 月末はちょうど China Fashion Week 2010 を開催中だった。それと関連してこの 789 地区の隣接地区をファッション街にし、その隣に映像関連の地区やデザイン系の地区を作り、そして手前には大きなIT街を作り、相乗効果を出そうとしている。計算高いけれど、でもそういう計算ができるだけ立派だ。 中国というと、特にオリンピックや上海万博では、共産党の強権にものを言わせて壮大なインフラ整備を強引に進め、外見だけ立派な設備に腐心する印象があったけれど、ここのやり方を見ると、それだけじゃないことがよくわかる。むろん尖閣諸島とかの阿漕なやりかたには文句もあるんだが、かれらの持つ明快な目的意識と、そのためのストレートな(ときに傍若無人な)やり方は本当にすごいし、中国の存在感が高まっているのも、それができればこそだ。それにひきかえ我がニッポンは……



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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
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