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alc2010年07月号
マガジンアルク 2010/07

『山形浩生の:世界を見るレッスン』 連載 52 回

なぜベトナムでは iPad があふれているんだろう?

月刊『マガジン・アルク』 2010/07号

要約:発売直後の iPad, 品薄のはずなのになぜかベトナムではたくさん出回り、金持ちのガキが遊んでいたがすぐ飽きた模様。他の人はもっと使い込めるんだろうか?


 これが出る頃には旧聞なのかな? いや日本ではちょうどいいタイミングかもしれないけれど、本稿執筆のしばらく前、アメリカであのアップル社のiPadが発売になったのだった。あれやこれやで大変話題になったのは、皆様ご承知の通り。そして本国での一般発売も結構なニュースとなった。が、もちろん日本発売は五月頭(と言われていたが、その後五月末に延期になった)だったので、ぼくは実物を見る機会はなかった。

 で、ぼくはそのままベトナムに出かけたんだが……

 なんだか知らないが、ハノイではあちこちでiPadがどうしたという垂れ幕が、電気屋の前に出ているのだった。そしてあちこちの店には、iPadの箱が飾られている。カラープリンターでウェブの画像を印刷して貼っただけの張りぼてかな、と思っていたんだが、どうもちがうようだ。それに、あの専用のキーボード&スタンドもあちこちにある。中国産のパチもんかなあ。本国でも大人気で、品薄で手に入らないと聞いているのに。そのために他の国での発売が延期になったほどだというのに、それがベトナムにこんなにごろごろしているなんてことがあり得るだろうか? それに、なんのかの言ってもベトナムはまだ貧しい。そんなにiPad需要があるとも思えない。

 もちろんアジアですから、ケータイはもちろんだれでも持っているし、そこらの坊ちゃん嬢ちゃんでも、ぼくなんかお呼びもつかないような、高級そうなケータイを平気で持ってはいる。iPhone使いもかなり見かける。でもケータイは、使い道もあるし、できることもいろいろある。でもiPadはねえ。別にベトナム語のコンテンツ整備が進んでいるとも思えない。ベトナム語の電子書籍がたくさん出回っているわけでもないようだし。買ってどうするの? だからぼくは、あくまであの店頭の箱は人目をひくための小道具にすぎないと思っていたのだ。

 ところが。四月末日、帰国前にうちあわせを終えてちょっとよいレストランで昼ご飯を食べていると、何やら大家族がどやどや入ってきた。そしてあれやこれやとでかい声で注文し、こっちが先に注文しているのにあれやこれやで先に料理が出てきて、しかも昼間っからみんなでガーガーとワインを何本も空けている。そしてそのご一家のお子様方三人は、四才から七才というところだが、躾も何もあればこそ、傍若無人の極みでベビーシッターに付き添われてやりたい放題だったのだけれど、ぼくはかれらが手にしているものを見て目を疑った。

 そう、それはiPadだったのだ。それも一人一台ずつ。

 すげえなあ、アジアはどこでもそうだけれど、貧乏な国でも(いや貧乏な国であるほど)金持ちはすっごい金持ちなのだ。公務員何ヶ月分かの給料に相当する値段のものでも、かれらは子供におもちゃとして平気で買い与えられてしまう。知識としては知っていたが、まのあたりにすると改めて感心する。子どもたちも、その目新しいおもちゃがそこそこ気に入っているようで、あれこれいじったりはしている。でも見ていると、当然ながらiPadでメールを打ったり電子ブックを読んだり、なんていうことは一切していない。なんだか別にiPadでなくてもよさそうな、スーパーマリオのできそこないみたいなゲームをしていただけ。うーん。

 こうして見る限り、途上国においてもiPadの需要というのは一定程度あるわけだ。単に、子ども向けの目新しいおもちゃとしてであれ。でも考えてみれば、アメリカだろうと日本だろうと、位置づけ的にはそんなに変わらないんじゃないかな。ぼくはいま、iPadで騒いでいる人の多くが、本気でこれをそんな革命的なものだと思っているのか解せない。電子ブックって、君たちもともとそんなに本読まないでしょ。iPadで何するの?

 そう思いつつ見ていると、ガキどもはすぐに飽きたようで、ベビーシッターに投げるようにしてiPadを渡して、店内をかけずりまわり始めた。まあ十分で飽きたということか。他の利用者はもう少し長続きするんだろうか。



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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
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