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alc2010年05月号
マガジンアルク 2010/05

『山形浩生の:世界を見るレッスン』 連載 49 回

アメリカ集団訴訟の実態とは

月刊『マガジン・アルク』 2010/05号

要約:トヨタがブレーキ問題からアメリカで集団訴訟をいっぱいくらっているが、あれは実にいい加減な代物で、あわよくばの便乗商法。ぼくのところにも別件の集団訴訟のお誘いがきたけれど、あんなの別に実際に問題がある証拠ではまったくありませんので。


 いま、アメリカでのトヨタ叩きはそろそろ落ち着きを見せてきて、むしろトヨタの反撃と揺り戻しが始まっている感じだ。プリウスがいきなり急加速した、強欲トヨタは恥をしれ、とアメリカ議会でわけのわからないことをわめいていたおばさんも、単にブレーキとアクセル踏みまちがえただけじゃないの、という至極当然のつっこみがきているし、尻馬に乗って急加速と騒いだ人物も、主張の信憑性がどうも怪しいという調査結果も出てきた。まだまだ先はわからないし、この先、百億回に一度の確率で生じるような特異な現象が見つからないとも限らない。でも、たぶんじきに話は下火になり、みんなすぐ忘れてしまうだろう。

 という話を同僚としていたら、「でもあちこちで何万人もの集団訴訟が起きてるっていうし、いろんな人が問題に直面してるのは事実なんじゃないの? それ、何とかしないとやばくね?」という人がいた。

 かれのイメージだと、その何万人という人はみんな、トヨタ車で何かしらの問題に直面して、これまでは我慢してきたのに今回の騒動を期にそれが爆発した、ということのようだ。何やら怒りに満ちた消費者たちがいっせいに蜂起し、どこかにプラカードを持って集まって「よし、ここは一つ、トヨタを訴えてやる!」と行動を起こした、という具合。

 でも、集団訴訟というのは、実は全然そんなのではない。あれは、そういう卑しい恫喝商法を専門にしている弁護士事務所が、みんなを焚きつけてやらせるものなんだもの。あの訴訟に参加している何万人のうち、99.99パーセント、いやおそらく百パーセントは、トヨタ車で通常の自動車オーナーが直面する程度の、ごく一般的な問題にしか直面したことはないだろう。いや、それすらないかもしれない。

 実は昔、ぼくのところにも集団訴訟のお誘いが来たことがある。それはもちろんトヨタの話ではなかったけれど。ある日、どこぞの弁護士事務所からお手紙が届くのだ。ぼくが口座を持っていたボストンの銀行が別の銀行に買収されるときに、なにやらの外貨建て資産についての情報ディスクロージャーが不十分だった、これは一部の預金者に損害を与える「恐れがあった」、ついては集団訴訟をしよう、仕事は全部うちがやって、うまくいけばあなたも何百ドル手に入る! この書類にサインして返送するだけ!

 当然のことながら、ぼくはそんな外貨建て資産に一切影響を受けていないし、一文たりとも損をしたこともない。たぶんぼく以外でも、実際にその情報開示ミスで損をした人は実際にはいなかったはずだ。それでも、集団訴訟はできちゃうのだ。トヨタの集団訴訟も、まちがいなくこんな代物だ。むろん、訴訟好きのアメリカ人といえども、たいがいの人は誇りも正義心もあるから、こんな強請たかりみたいな卑しい話にはのらない。でも母数がおおければ遊び半分で応じる人も出てくるのだ。

 そしてもちろん、この手の訴訟ビジネスは、相手に要求する損害賠償の額を、相手の裁判費用より少し低く設定しておくのがコツ。向こうは、裁判で争うより、相手のいうことをきいて言われる金額を支払っておいたほうが安上がり。だから大人しく要求に従う(こともある)。そうなったら、訴訟の紙一枚で大儲けだ。

 ところが今回は風向きも変わってきた。それにこうしてあれこれ出てきたら、トヨタも簡単に和解するわけにはいかないだろう。だからトヨタを訴えた人たちは、実はいまちょっと困ってるんじゃないかな。

 むろん、トヨタ車についての苦情が増えていたという話はあるので、トヨタも完全に無問題ではないんだろう。でもその程度のことは、トヨタだって何とかするだろうし、それはぼくに限らずみんな思っていることだろう。リコールをいっぱいやったのは痛かっただろうが、年末にはこんな話はすっかり収まって、むしろトヨタはかえって同情票さえ集めるんじゃないかな。



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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
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