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alc2009年2月号
マガジンアルク 2009/02

『山形浩生の:世界を見るレッスン』 連載 35 回

シーシャで優雅な喫煙文化の復活を!

月刊『マガジン・アルク』 2009/02号

要約:禁煙をあまりうるさく言う気はないが、いまの一日何箱も吸うような喫煙形態は歴史的にも異常だし、嗜好品としてのタバコの本道ではない。アラブ圏でポピュラーな水パイプのシーシャは、その点結構いいよ。喫煙者はそういうのを通じて、落ち着いたゆっくりした喫煙文化の復活を考えたら?


 最近世の中の喫煙派の人々はどんどん肩身が狭くなっているようで、大変にお気の毒なことであるとは常日頃思うことだ。ぼくは喫煙者ではないので、どっちかと言われれば禁煙席や禁煙室を希望するけれど、でも別にタバコの煙がまったくダメというわけじゃないから、なければ喫煙席でもまったくかまわない……というのは一昔前で、いまは喫煙スペースが大変狭いこともあって、そこに喫煙者がひしめいて猛然と吸いだめしようとしているので、うっかりそこに入ってしまうとほとんど燻製状態になってしまうので、喫煙空間には足を踏み入れられなくなりつつある。が、それでも喫煙者に恨みがあるわけじゃない。目をつりあげて禁煙禁煙とわめきたてる人々の独善ぶりには虫ずが走るので、それだけで喫煙支持にまわりたくなる気さえする。が、一方で喫煙派のおまぬけな独善ぶりも負けず劣らずひどい。そうやって変な極論ばかりが暴走する中で、喫煙はそこそこ配慮をしてくれれば別にかまわないと思っている人たちや、たまに吸うくらい大目に見てくれという穏健喫煙者たちがいちばん割を食っているようには思う。

 もちろんタバコがそうした問題を引き起こすのは、それが紙巻きタバコという形態を取っているからだ。どこでもスパスパ。歩きながらスパスパ。一日一箱も二箱もスパスパ。気付け薬かわりにスパスパ、興奮剤かわりにスパスパ。そのうちニコチン中毒でへろへろ。それがいまのタバコの害を生み出し、それに対する反感の原因ともなっている。

 ご存じのとおり、本来タバコというのはそういう吸い方をするもんじゃなかった。アメリカ大陸の原住民たちが、宗教儀式の一環として、たまーにパイプで吸ってクラッとするといった用途が主流だ。日本でだって、キセルでちょびっとずつ吸うくらい。だがいまはそういう吸い方はほとんど残っていない……アラブ圏を除いては。

 アラブ圏では、シーシャと呼ばれる水ギセルをよく見かける。今回いったエジプトでも、少し裏道に入るとシーシャを出すカフェがやたらに目に入り、夕方から晩にかけては現地の人々で大いににぎわっている。

 あれは正式なものは高さ一メートルくらいある。タバコの葉にイチゴやオレンジやコーラや各種のフレーバーをしみこませて、濡れた状態のものの上からアルミホイルをかぶせ、そこに燃える炭をのせる。すると下の濡れたタバコがだんだんと煙をだし、それが水をぶくぶくと通って口元にやってくる仕組みだ。もちろん、携帯できるようなもんじゃない。カフェでシーシャを頼むと、持ってきてくれるのだ。それをゆっくりゆったりと、三十分、一時間もかけておしゃべりしながら吸う。

 ぼくはこれが結構好きだ。ぼくは常用者ではないけれど、喫煙できないわけでもない。こうやってゆっくり喫煙するのは、現地の(アルコールを飲まない)人々にとっては、ぼくたちにとってのお酒のようなものだ。そして、酒場でたまに見知らぬ隣の人と話をしたりするように、ここでもシーシャを吸いながら「おまえは日本からきたのか」といった話がしょっちゅう始まって楽しい。

 水を通すから煙がきれいだ、という論者もいるが、まあそれはウソだろう。でも今回いっしょに出張したお客さんは喫煙者だったが、かれに言わせるとシーシャは弱すぎるという。もともとそんなに強くはないのだ。場所も限られ、そんなに強くもなく、少量をゆっくり吸う――たぶん本来の喫煙文化ってのは、こういうものだったんじゃないかな、とぼくは思う。

 たぶんいまのままだと、喫煙への締め付けは強まるばかりだろう。多少の反動はあるかもしれないけれど、紙タバコ中毒のいつでもどこでもチェーンスモーキングといったものが今後いい顔をされるようになることはまず考えられまい。これ以上のしめつけがくる前に、喫煙派もこういう少しちがった喫煙方法を考えてみたらどうかな。それがひいては、タバコというものの見直しと再評価にもつながると思うのだけれど。



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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
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