Valid XHTML + RDFa cc-by-sa-licese
alc2008年11月号
マガジンアルク 2008/11

『山形浩生の:世界を見るレッスン』 連載 33 回

アムスの禁煙とロンドンの禁煙

月刊『マガジン・アルク』 2008/11号

要約:アムステルダムでも飲食店禁煙が始まったが、その施行で変な問題が山積み。一方ロンドンは、葉巻も含めて喫煙禁止なのに、葉巻を選ぶために試すのはかまわないという変な抜け道を作っている。


 皆様ご存じのとおり、昨今は喫煙者へのしめつけが大変に厳しい。ぼくは喫煙者ではないのでどうでもいいし、またこれに対する日本の知識人喫煙者の恥も理屈もないのたうち回り方があまりに醜悪なのでいい気味だとすら思うのだけれど、一方で禁煙論者のバカな目くじらの立て方や、得意げな正義漢ヅラもうっとうしいので、まあ好きにしてくれという感じではあるのだ。

 さてもちろんこうした傾向は欧米のほうがすさまじい。数年前にある会議で環境保護論者が講演していたんだが、「XXは環境保護を訴えるけれど、あいつ喫煙者だからその発言に説得力がない、あれは環境保護論者の恥だ」という発言に大拍手が起きたりしていて、いやはや恐ろしい時代になったもんだと背筋が寒くなった。そしてそんな風潮のため、フランスやアイルランドまでが公共の場の禁煙条例なんかを制定したりして、ご愁傷さま。そして最近になってEUの圧力に負けて、アムステルダムまでが禁煙に乗り出したのだった。

 もちろんひねくれ者揃いのアムステルダムでは、タバコを神とあがめる新興宗教なんてのが登場し、禁煙は宗教の自由に反すると抗議していたのは日本でも報道されていた。でも、先日乗り継ぎ途中で行ってみると話はもっとややこしくなっていた。

 規則には通常は理由がいる。アムステルダムの禁煙条例は、従業員を守るためだという理屈がついていた。タバコの煙まみれのところで働くと、従業員の健康な生活の権利が侵害されておるというわけ。したがってアムステルダムでは、店内禁煙にする必要はない。ただ単に、喫煙部分と禁煙部分をちゃんと仕切ればよろしい。そしてカウンターのある部分は禁煙側に設置する。喫煙部分では、趣旨からして従業員を働かせない。これでよい、はずだったんだが……

 これを実際に導入したカフェ等のオーナーは、はたと困った。喫煙側で従業員が働けないなら、だれがそこにビール(や食べ物)を運び、皿を下げ、灰皿を空け、床やテーブルをふくんだ? ほっとくわけにもいかんでしょう? 店主が全部やれってこと?

 さらにもう一つ、アムステルダムは他の都市にくらべて、タバコ以外のある嗜好品が喫煙されることが多いのだが、禁煙条例の対象となるのはタバコだけなので、そっちは別に今回の対象になっていない。えーと、これはどう棲み分ければいいんでしょうか? そっちは禁煙部分で吸ってもかまわないってことなの?

 そんなこんなで事態は混乱しきっており……なんてことはなくて、みんな冗談のネタにしているだけなんだけれど。ほとんどの人は、禁煙なんてどうでもよくて、吸う人も目の色変えて吸いたいとは思ってないし、吸わない人も別に隣で吸ってる人にキイキイ騒ぎ立てる気もないのだ。

 ちなみに、どこでもこの手の条例には抜け道がある。ニューヨークでは、当初ある程度以上の小さな店は禁煙条例の対象外になったりしたし、また葉巻は規制されないこととなったので、シガーバーが一時はやった。ただし多くの人は葉巻の吸い方を知らなかったのと、クリントン大統領(こないだの人の旦那です)がきわめて不適切な形で葉巻を利用していたことがスター報告で暴露され、葉巻ファンが悪い冗談の種にされすぎてすぐに廃れたそうだけど。そしてロンドンでも禁煙条例が出て、ここでは葉巻も含めて禁止されている、のだが……葉巻を吸うのはダメだけれど、葉巻を試すのはいい、というとんでもない抜け道が用意されていることをご存じだろうか? 高価な葉巻を買うには、もちろん気に入ったのを選ぶためにいろいろ吸い比べる必要があるので、そのためにはいくらでも試すことが認められているそうな。こういう嫌みなブリティッシュジョークまがいのことを平然と実際にやってのけるあたり、やな連中ぞろいのイギリス人だけどあっぱれだなあと思わないでもない。



前号 次号 マガジン ALC コラム一覧 山形日本語トップ


YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
Valid XHTML + RDFa クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
このworkは、クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
の下でライセンスされています。