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alc2008年10月号
マガジンアルク 2008/10

『山形浩生の:世界を見るレッスン』 連載 30 回

皆既日食のすばらしさ

月刊『マガジン・アルク』 2008/10号

要約:皆既日食はとても感動的なものだが、来年は今世紀最大級のモノが上海で見られるぞ。


 オリンピック騒動の直前だったこともあるし、あまり注目はされなかったのだけれど、今年の八月一日には、ロシアからモンゴル、中国奥地にかけて皆既日食があったのだ。

 世の中には皆既日食マニアという人々がいて、皆既日食があれば世界中どこにでもでかけていく。カーリー・サイモンの名曲「You're so Vain」に出てくる気取ったプレイボーイは、「プライベートジェットに乗ってノヴァスコシアに出かけて皆既日食を見物」と歌われているように、多少スノッブな面もある道楽かもしれない。中でもいちばんすごい連中は、かつてコンコルドをチャーターして日食を追いかけるように大西洋を横断し、皆既日食状態を三十分以上も楽しんだのだとか。金持ちはちがうね。

 で、今回もかれらは気張ってでかけていったんだが、ネットでその記録とかを見ていると、やはり結構壮絶だったらしい。ロシア奥地は言うべきにもあらず。モンゴルは、国自体が僻地だが(失礼。でもそうなんだもん)、その中でも日食の地域は超奥地もいいところ。そして中国は、昔漢文の授業で習ったことがあるかもしれない、あの史記に出てくる鶏鳴狗盗の函谷関のあたりだ。ぼくも今年の夏休みに行こうかとも考えたが、とても気軽にいけそうにないのであきらめたのだった。

 皆既日食は、ぼくも一度しか見たことがない。が、その時の感動は未だに忘れない。もう十年前だが、ハンガリーで日食があったときに日食レイヴに出かけたのだ。当日の朝、ぎりぎりまで曇って雨さえ降っていたのが、直前になって雲が切れ、レイバーたちは文字通り感涙。そしてそれは確かに感動的な光景だ。部分日食のうちは、「ああ太陽が欠けてておもしろいなー」というぐらいだが、太陽が三日月くらいの大きさになった頃から急激にあたりが暗くなり、皆既食になるとあたりは暗いのか明るいのかわからないぼんやりした状態になる。それはそれは不思議な妖しい風景。いきなりこうなったら、みんな焦るだろうなあ。古代の人がそれを凶兆として忌んだのも理解できる。

 そんなわけで、それ以来ぼくは何度か日食を見に行こうとしているんだが、未だに果たせずにいるのだ。今年も残念でした。だがもちろん日食は今年だけじゃない。実はここ数年は毎年のように皆既日食があって、来年七月二十二日にはそれが日本も通過する。しかも、今世紀最大(というのは太陽が隠れている時間がいちばん長いということ)の日食ということで、その筋の方たちは種子島、奄美大島、トカラ列島のあたりを通って硫黄島あたりにくるのだ。もちろんすでにマニアたちは殺到、奄美大島あたりはいますでに宿はほぼ満杯だ。ベストポジションはトカラ列島なんだが、おそらく読者のほとんどは、トカラ列島なんていうものの存在自体を知らなかったはずだ(ぼくも知らなかった)。それが突然日本中、いや世界中から問い合わせが殺到、人口の何倍もの人が押し寄せるらしいということで、旅行代理店と組んでなんとか荒れないような仕組みを現在検討中とのこと。

 あとおもしろい試みとして、国際的な日食マニア団体が船を借りて硫黄島見物(いまは一般人は立ち入れません)と海上日食見物を兼ねたツアーを計画している。これはちょっとすごいかもしれない。クリント・イーストウッド映画で、硫黄島を見たがっている人も多いし、うまくいけば一石二鳥だが、うまくいくかどうか。

 ただおそらく最も現実的で、それと万が一曇って太陽が見えなかった場合にもオプションが豊富なのは、中国だろう。来年のやつは、上海と杭州を直撃する。大気汚染の問題はあるけれど、あそこなら少なくとも宿がないといかいう事態は避けられるはず。というわけで、ぼくははやくも来年の夏休みの予定はたってしまったんだが……さて今年の夏休みはどうしたもんか。



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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
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