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alc2008年5月号
マガジンアルク 2008/05

『山形浩生の:世界を見るレッスン』 連載 26 回

IMF、自らの処方箋を味わう

月刊『マガジン・アルク』 2008/05号

要約:ノーベル経済学賞をとったクルーグマンの業績の一つは、最初のちょっとした偶然でいろんな集積が生じるということ。ここラオスでも、携帯電話屋やケーキ屋や自動車修理工場などで似たような様子が見られる。


 国際通貨基金IMFというのがある。世界銀行と並んで、国際援助関係者なら知らぬ者のない大御所機関で、ワシントンに本拠がある。実はスパイ大作戦ことミッション・インポッシブルでの連中が所属しているのもインポッシブル・ミッション・フォースことIMFというところで、何本目かの映画の最後にトム・クルーズがガールフレンドに「ぼくはIMFに勤めてるんだ」という場面があるんだが、封切りの日にワシントンではそこの場面で大爆笑が起こったとか。

 とはいえ、どっちのIMFも大変な仕事をしているのは事実ではある。本物のIMが最も目立つのは、経済危機に陥った国に対しての融資だ。たとえば1997年あたりのアジア通貨危機時代には大活躍。破綻しかけた諸国に、金が欲しけりゃあーしろこーしろと指図していじめていた。ちなみに建前上は、対象国と協議をして、お互いに経済立て直しのためにこれが必要だということで合意に達して、その一部として各種の改善策もあり、融資もあったんですよ、別に指図じゃありませんよ、ということになる。が、もちろん倒産寸前の破綻国なんかにお金を出してくれるところなんか他にない。破綻国側は、IMFがどんな無茶な「提案」をしようとそれにノーと言える立場じゃないのだ。

 そしてかれらの「提案」というのは、だいたい決まっている。財政引き締め。支出を減らし、公務員のクビを切り、とにかく歳出削減をしなさい。

 が、これはその当事者にとっては決して人気のある政策ではない。不景気のまっただ中にクビを切られた公務員はたまったもんじゃない。その多くの人はIMF死ねと思っている。改革されて放出された国営企業の残骸は外資が買ったりするので、IMFはグローバル資本の手先だ、なんていう的外れな悪口がはびこるのもこれが一因だ。

 さらにアジア通貨危機においては、IMFのこの方針はまちがっていたことがいまや明らかになっている。これについては、当時世界銀行にいた大経済学者スティグリッツの批判などが手厳しくも正しい*。アジア通貨危機は、いろんな投資が引き上げて経済が資金不足になったために生じた。そこで財政引き締めをしたら、経済にまわる金がもっと少なくなって、事態は悪化する。むしろ財政は一時的に拡大して、経済にまわるお金を増やすべきだった。IMFは、アジア通貨危機をかえって悪化させたわけだ。

 そんなわけで、IMFに対する遺恨は、アジアでは我田引水の手前勝手な責任なすりつけ(だけ)じゃない。結構正当な恨みもたくさんくすぶっているわけだ。

 そこへ……今年になって朗報がやってきた。IMFは近年、赤字が続いている。発展途上国も、かなり財政運営は上手になってきた。もうIMFから融資を受けようなんて国はかなり減ってきている。IMFは一応、融資の利息で食べているので、融資が減れば収入も減るわけだ。

 で、IMFはついに、自らのコスト削減、大量首切りを実施すると発表した。

が、もちろん職員たちは反発しているし、希望退職をつのってもあまり集まっていないとか。サブプライム問題で金融業界も荒れていて、再就職の口もないから、というわけ。でも、あんたたち途上国に対しては、まさにそれをやれと言っていたわけでしょ?

 というわけでいま、IMFは世界の人々の大注目を集めているのだ。隗より始めよ。はやく財政引き締めしてみせていただきましょうか。ちなみに、このIMFの状況は、世界銀行などを含む開発援助機関全般の事情とも関連する。実はもう、開発援助の役割は終わりつつある。このぼくの仕事も、たぶん20年後にはもうなくなってるんじゃないかな。そこでどう有終の美を飾らせるかが今後課題としてクローズアップされると思うんだが。この話はまたいずれ。



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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
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