『山形浩生の:世界を見るレッスン』 連載 21 回
月刊『マガジン・アルク』 2007/12号
要約:イスラムのラマダーン月は、仕事にはならないし飲食も制限されるし、やってるほうもきつそうなんだけれど、でも実は日が暮れたら一気に外食のどか食い、どんちゃん騒ぎになるので、主婦なんかはかえって喜ぶし、経済活動も盛んになったりするんだそうな。ふしぎー。
どこでも仕事にならない時期というのはあって、それをちゃんと把握しておくことも外国相手の仕事をするときにはポイントになる。日本なら、師走はみんな忙しいが、正月松の内はまったく仕事にならない。一方、キリスト教圏相手の場合には、十二月半ば以降のクリスマス休暇はみなさん仕事がまったく手に着かないが、年明けは三が日がすめばもう通常営業だ。
あと重要なのはアジアの旧正月、つまりは二月のあたり。ベトナムをはじめ華僑の多いところでは何も進まない。そしてもう一つ悪名高いのが、イスラムのラマダーンだ。
ラマダーン月、つまりは断食月には、イスラム圏ではほとんど何も動かない。太陽が出ているうちは飲み食いをしてはならない。それが一ヶ月続く。毎年時期は変わって、今年は9月から10月にかけてだった。ごはんも水もないから、みんな仕事に出てきても昼頃になると弱ってしまって、午後にはほとんど作業をしてくれず、早めに帰ってしまっても大目に見てもらえる。日中のエネルギーを蓄えるべく、みんな日の出前(たとえば四時頃)に一度起きてガバガバご飯を食べ、その後また寝て、六時くらいに会社にでかけるけれど、一度早起きするので早めに眠くもなって、これまた仕事が進まない原因だ。
一度つきあいでやってみたが、これはなかなかつらい。ご飯を抜くのはまだしも、水も飲めないというのはたいへんだ。暑い中東で、よくまあこんなことを思いついたものだと思う。ましてそれが一ヶ月も続くとなったら。イスラムというのは非常に戒律の厳しい謹厳な宗教だというのが一般的なイメージだけれど、このラマダーンという行事はその厳しさの最たるもの、とだれでも思うだろう。
そんなわけで、出張するときには、ラマダーンは外す、というのは原則なんだが(それにビールのある飯屋が減るんだよ)ときにはそうもいかない場合もある。先日インドネシアに出張したときがそうだった。が、そこで少しイメージが変わった。
確かに厳しいのは確か。ムスリムの多い地域では、飲食店はシャッターを半ばおろして開店しているのかどうかもよくわからない状態になる。スタバやダンキンドーナツやKFCまでも、ガラス張りの店に臨時で吸盤式のカーテンをつけて、外から異教徒たちが飲み食いしているのが見えないようにしている。
でもその一方で、今回見てみたら商店やレストランは「ラマダーン特別セール」「ラマダーンご家族食べ放題コース!」等々をいろいろ用意して、何やら結構繁盛しているのだ。なぜかというとおなかをすかせたムスリムたちは、日没と同時に家族そろってレストランに駆け込んで、どか食いをする。いちいち料理を作るのもつらいので、外食回数も増えるんだとか。もちろん、その後はショッピングもするので商店もそれなりに繁盛。日中の活動は控えめになるけれど、いったん日が沈めば、各種経済娯楽活動はかえって活発化するのだ。フィリピンなどではクリスマスの電飾のために、一二月に電力消費量がはねあがるけれど、ムスリム国では人々の夜の活動が活発になるラマダーン月に電力消費量が上がる。
特に通常、比較的家から出る機会の少ない奥さん方にとって、ラマダーンは外食が増えて料理しなくていいし、その分出歩く機会も増えるし、厳しくつらいものどころかむしろ楽しいお祭り的な一ヶ月なんだとか。だんなも早く帰ってきて夜遊びもしないし、とってもありがたいそうな。
えー、そうなのか!! 確かにまわりを見てみると、海岸通りは屋台やコンサートなんかもあったりして、実に賑やか。もっと真面目でつらく耐える月間なのかと思ったら(そしてたぶん預言者ムハンマドはそういう意図で断食月を制定したと思うんだが)。まだまだこのぼくも知らないことがいろいろあるんだなあ、との感慨を胸に、ぼくはインドネシアを後にしたことでありますよ。