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alc2007年7月号
マガジンアルク 2007/07

『山形浩生の:世界を見るレッスン』 連載 16 回

ご主人様をしつける女中たち

月刊『マガジン・アルク』 2007/07号

要約:金持ちも苦労がいろいろある。アメリカの金持ちは入れ替わりが激しいが、新興成金をしつけて使用人をアゴで使えるように仕込むのも向こうの女中や執事の役割なのだ。使用人に優しい金持ちなんてのは邪道で、傍若無人に浪費しつつ使用人の仕事を作ることこそ金持ちの最大の仕事である。


 金持ち話の続きだ。日本でも最近経済格差が話題になっているけれど、アメリカでも格差は時々問題視される。上位一割の金持ちが富の半分を独占し、その比率がどんどん増えている、というような話だ。そして金が全部金持ちに流れるので、底辺の貧乏人はいつまでたっても貧乏なままだ、といった議論がされる。

 でも一つアメリカの金持ちで重要なポイントがある。それが常に入れ替わっているのだ。アメリカの億万長者の財産のうち、世襲でもらったのは10パーセントかそこらで、残りは全部自分で稼いでのしあがっている。金持ちが富を独占しているのではない。富を独占できた人が金持ちになっているだけだ。貧困層は問題だけれど、それは必ずしも金持ちのせいじゃない。

 そしてその金持ちも大変なのだ。

 前回、アメリカの金持ちは使いもしない部屋だらけの大邸宅に住み、掃除は全部女中任せ、という話を書いた。日本では女中喫茶が流行っているけれど、あれはまあ一種のギャグだ。でもアメリカではいま、金持ちが増えているので本物の女中養成学校と執事養成学校が大人気。卒業生はひっぱりだこの高給取りで、「ご主人様より稼ぎのいい使用人」という冗談のような本当の話があるくらい。そしてかれらはご主人様の雑用その他一切をやるのが仕事なんだが、現代の女中や執事にはもう一つ重要な仕事がある。

 それはご主人様たちをしつけることだ。

 何の話だ、と思うだろう。使用人は命令にしたがうだけじゃないの? ちがう。下克上の激しいアメリカの金持ち業界では、ご主人様方の多くは中産階級出身だ。使用人なんてものを使ったためしがない。命令の仕方もわかってないどころか、かえって使用人に気を使ってしまったりするのだ。ついつい自分のパンツを自分で洗濯機に入れたり、給仕の手伝いをしたり、酔って吐いたゲロを自分で掃除しようとしたりする。

 それではご主人様はつとまらない。女中や執事もそんなご主人様では、仕事がやりにくくてしょうがない。だからご主人様が自分のパンツを洗濯機に入れようとしたら「そんなことをされては困ります!」と叱る必要がある。ゲロを吐いたら遠慮なしに女中を呼びつけるよう仕込まないと。「悪いね」なんて言われたら顔をしかめてみせるように。日本のテレビ番組なんかでは、傍若無人に使用人をこきつかう居丈高な奥様やお嬢様が悪役で登場するが、あれこそが正しい金持ちなのだ。

 ある日本の大SF作家(光瀬龍だったか半村良だったか)は敗戦直後に進駐軍の家で使用人をしていたそうだ。ご主人の米軍将校一家は、少年をこきつかい、かれの目の前で平然とセックスまでする。それを見てこの作家は「こいつらは日本人を人間扱いしていないんだ」と思ったそうだが――実はそれはちがう。白人女中だったとしても同じだったろう。かれらは単に正しいご主人様と使用人との関係を実践していただけだったんだね。

 もう一つ、使用人としてご主人様をしつけなきゃいけないことがある。それは、かれらに浪費をさせることだ。金持ち業界は見え張り業界。ご主人様が他の金持ちの前でけちくさいところを見せたら恥をかく。そうならないように「そろそろヨットなどいかがかと……」「最低でもフェラーリくらいは……」とアドバイスしなくてはいけないんだって。小金持ちくらいだと、稼ぎが増えて金持ちの仲間入りをしたばかりに、かえって見え張り用に借金が増えちゃったりするとか。金持ちも大変だぁ。そしてもちろん、そういう浪費は一部の金持ちの破産を招いて、そしてアメリカの金持ち階級はどんどん健全に入れ替わる。いやぁ、アメリカの成金には批判もあるけど、こうして見るとぼくは結構楽しくていいシステムだとおもうんだが。



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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
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