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alc2007年6月号
マガジンアルク 2007/06

『山形浩生の:世界を見るレッスン』 連載 15 回

金持ちの人生哲学を教えよう

月刊『マガジン・アルク』 2007/06号

要約:金持ちのことを理解するには、そもそもの発想を変えなくてはならない。MIT の講義で山形がそれを思い知らされたこと。何でも全部使おうっていう発想は根本的に貧乏人であり、実用性とは離れたものをたくさん持てるのが金持ちの醍醐味にして哲学なのだ。


 貧乏人の話ばかりじゃアレだから、ここらで二回ほど金持ちの話をしようじゃないか。金持ちというのは、お金をもっているだけだと思っている人が多い。でもそうじゃない。金持ちというのは、人生哲学の差なのだ。それをぼくが教わったのは、アメリカで受けた建築設計実習の講義(ぼくは建築都市工学の出身なのだ)でのことだった。

 それはただの図面引きの設計じゃなかった。土地を見て、法規制を調べ、設計し、事業計画にまとめあげて売り込み用企画書を作る、というのを一つの設計実習でやらせる。そしてその関係をきちんとつけるのが重要だ。なんとなく全体に平均的だから値段も平均的な相場でとかいう甘い考えじゃいけない。いったい何を売りに、どういう人に買わせるのか、それを明確に設計に盛り込まないとボコボコにけなされる。

 で、その実習であるとき、金持ち向け分譲住宅が課題になったのだった。

 まず対象地域の法規制を調べると、その地域では、家の敷地は二エーカー(一ヘクタールくらい)以上でないとダメ。しかも、一戸建てのみ。

 そんな広い敷地の家なんて見たことなかった。日本のメディアで「3億円の豪邸」とかいうのが出てくるが、それだってその10分の一もないぞ。どんな家を造ればいいんだ? 仕方ない。日本的感覚で思いっきりでかい家を設計しはじめたんだが、うーん、なんだか余白が大きいなあ……と思っていたら、教授がやってきて曰く「なんだ、それは犬小屋か」

 同じグループのアメリカ人が大笑いして「おまえは金持ちの感覚がわかってないから見学につれてってやろう」と言う。都心からほんの20分ほど車でいくと、そこはもうほとんど森の中。建物は正面道路からはるか奥。そしてその家ときたら。ガレージは、車三台四台分はあたりまえの大豪邸! 中の様子を想像するうちにだんだんわけがわからなくなって、ぼくは運転している友人に怒鳴るように詰問しだしたのだった。

 「あの家、車五台もどうすんだ??!」

 「奥さん子供の分じゃな。あとは気分次第で乗り分けるんじゃないの? あるいはただの飾りかも」

 「どう考えても部屋は十室以上あるぞ! 使い切れないじゃないか!」

 「あれだと二十室くらいあるかもね。使わなきゃいいじゃん」

 「年に一度も入らない部屋だってあるだろうに!」

 「うん。それで?」

 「掃除の手間だってばかにならんぞ!」

 友人は、車を止めてあわれむような目でぼくを見るのだった。

 「そんなの、金持ちが自分でやるわけないだろ。女中や掃除人を雇うんだよ! あたりまえだろうが! そんなことはハナから心配しないんだよ!」

 うう、そういえばそうだ、と絶句するぼくに、そいつはさらに言うのだった。

 「おまえさぁ、何でも全部使おうっていう発想が根本的に貧乏人なんだよ! ジャパニーズ・ミニマリズムは美しいけど、哲学がちがうんだから。実用性とは離れたものをたくさん持てるのが金持ちの醍醐味だろうが。モノも空間も時間も。そこに金持ちたる由縁があるんだよ! 実用性からの自由ってところに!」

 うーむ。ぼくは友人のこの一言で悟りを開き、金持ち住宅がきちんと設計できるようになった。「何のため」とかいうのを考えない。敷地の余白がたくさんあっても気にしない。外側の制約条件を考慮せずに、内側からの欲望の赴くままに設計して、おさまりは最後に考える。

 この手でぼくはAをもらえたんだが……やっぱり、設計していて後ろめたさはぬけなかった。そして、アメリカの新興成金も、その後ろめたさとの戦いが大きな課題なんだとか。というところでまた次回。



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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
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