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alc2007年2月号
マガジンアルク 2007/02

『山形浩生の:世界を見るレッスン』 連載 11 回

暮らしの中の魔術と呪い

月刊『マガジン・アルク』 2007/02号

要約:ガーナの厚生省には伝統医療局というのがあって、魔術の管轄だ。そこの仕事は、地元の生活に密着している魔術や呪術師があんまり変なことをしないように見張ることなのだそうだ。でも医療がそんなに普及しておらず、地元の人もそれを受ける金がないところでは、魔術や呪術もむげに否定はできないし、実は欧米の医療だってほとんどは似たり寄ったりかもしれない。ちなみに呪いを解くにはニワトリ一羽、呪い返しはロバ一頭をいけにえにどうぞ。


 ぼくは日本ではテレビを見ないのだけれど、外国では(暇なときは)たまに見る。延々カラオケを流しているフィリピンの離島、テレビ伝道師しか映っていない某国などいろいろ楽しい。その中で先日見ていたのが、ガーナで毎日昼過ぎにやっていたトレンディドラマだった。首都に出てきて成功している男がいて、それを女の子二人が取り合うような話だ。一人は各種の手練手管を弄する都会娘、一人は純情一途な故郷の村の乙女。両者はしのぎを削るが男は次第に純情娘に傾きかける。がそこで都会娘は呪術師に頼んで恋敵に呪いをかけさせるのだ。呪術師の秘薬を飲ませると、純情娘はいきなり「キェー!」とおかしくなってしまう。そして……そのあとドラマは、狂った娘をつれてあちこちの呪術師にお払いをお願いする母親の苦労物語になってしまったのだった。おいおい、男は、純愛ドラマはどうなったんだよ!

 そこでぼくは日本に帰ってきてしまったので、続きはどうなったのかわからない(だいたい見当はつくが)。しかし、こんな荒唐無稽な話を平然とやれるのかねえ、と思っていたら、各種の話をききに省庁めぐりをするなかで向こうの保健省にいったとき、変な表札にでくわしたのだ。

 「伝統医療局」。なんだこりゃ。

 外国人の特権で勝手に入っていってお話をきいてみると、これは村の呪術師やまじない師を管轄する部局なんだって!

 それを聞いてぼくはつい笑い出してしまい、管轄って何するの、と聞かずにはいられなかった。魔術の統一とか? 霊薬の調合法の管理? 呪術師昇格試験とかやるの? ハリポタのホグワーツの世界ではないか!

 相手はちょっと気を悪くした様子だったけれど、仕方ないな、という様子で話してくれた。いいかい、あんた。この国は貧乏だからね、普通のまともな医療が受けられない人のほうが多いんだ。そういう人たちは、村の呪術師に頼るしかないんだよ。ほとんどの伝統的医療は、さして効かないけれど、でも毒にもならない。だから気休め効果があるならむげに否定することもないんだ。でもたまに、エイズを悪霊のたたりだと言ったり、プラスチックを粉にしてのんだりとか、明らかに有害な治療法が流行ったりする。そういう新しい動向の情報を集めて、それが広がらないようにするんだよ。

 なるほどね。ダメだ、非科学的だとけなすのは簡単だけれど、かわりにどんなものを与えられるのか、というのは重要な点だ。日本がもっと援助して、村人が変な伝統医療なんかに頼らずにすむようにしてくれよ、オレだってもう少し前向きの仕事をしたいんだよ、とその局の人たちに言われてしまいましたよ。がんばりますです。

 その後、アフリカの村をあれこれまわると、確かにそういう民間信仰やそこから出てくる無敵の治療薬なんてのは見かけるんだが、うーん、地元の村人たちもどこまで信じているのか。マラウィの市場では、トカゲの干したのとかヒトデの粉とか、変な代物が呪術用のアイテムとしていっぱい売っていたし、ガーナの神殿では、神官と称して中にいるのがさっきまで畑たがやしていたおっさんだし。でもその神官さんにきくと、冒頭のドラマみたいに呪いでおかしくなる人は結構いるんだって。「ふつうはニワトリ一羽を生け贄にささげれば呪いは解いてやる。呪い返しをしたいなら、ロバを殺してくれないと無理だ」とのこと。にやにやしつつぼくは話をきいていたのだけれど、でもクリスマスを祝ったり初詣をしたりしているぼくたちも、端から見れば似たり寄ったりなのかもしれないねえ、と思ったり思わなかったり。実際、欧米だって医療のほとんどはプラシーボ効果という説もある。病院で風邪薬なんかもらったりするけれど、実は多少症状をおさえるだけで実際に病気をなおすものじゃないのはご存じ、だよねえ。とりあえず、そこでもらったなんかの骨の粉で、二〇〇七年の皆様の無病息災をお願いしておきましたよ。



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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
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