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「今だけ」:過渡的ソフトPGP

PGP:Pretty Good Privacy書評

山形浩生


 過渡的な本である。ネットワーク上のセキュリティが問題になりつつあるけれど、その対策についてのコンセンサスは確立していない。PGPは、そういう現在のネットワーク状況下に咲いた短期的なニッチソフトであり、本書もこの状況下でのみ意味を持つ。

 暗号化方式の歴史の勉強には最適。暗号化アルゴリズムの政治性の記述も冷静で正確・公平。現実に日々PGPを使っている人たちにとっては、有効な使い方や留意点を事細かに説明してくれるまたとない本だ。しかし「日々PGPを使っている人たち」なんてどれだけいることか。そりゃもちろん、ハッカーでCypherpunkのあなたやそのお仲間はバリバリだろう。でも、そこから一歩出れば? このぼくも PGP は持っているし、メールのケツには得意げに公開キーをつけている。でも、実際にはほとんど使わない。キーもなかば見栄だ。

 だって、面倒なんだ。PGPは電子メールと別ソフトなので、いちいちメールをファイルに落とさないと暗号化・復元ができない。そんな手間暇かけて人目を忍ぶような極秘メールなんて、年に一度もあるかしら。それにたまに PGP メールが届いて、どんな重要なメッセージかと解読したら愚にもつかないごみメールだったときの、あの怒りと脱力感! クレジットカードの番号が傍受されてとか言うけど、そんなもの平気ではがきに書いて送っているではないか。クレジットカード自体にも、悪用を防ぐ仕組みはあるし。

 もちろん、必要な時に暗号化できるのは重要だし、年に一度とはいえ心の平安が得られるなら……。しかし、ここがPGPの泣きどころ。ふだんからそのキーを使ってメールをやりとりしていないと、肝心な時にそれが本物か確信が持てない! 「大事な情報を送るから公開キーをよこせ」と言って、公開キーが届く。でもそれを送ったのが悪意ある第三者でないとわかるか? わかんないのである。

注意:これを書いた頃、ぼくはまだ信頼の鎖という概念を理解していなかった。お互いのキーへの署名やキーサーバの使い方などの理解もなってない。したがってここに書いてあることは、記述としてはまったく不十分。信用しないでほしい。

 いずれアップル社の PowerTalk みたいに、デフォルトで暗号化システムが電子メールソフトに組み込まれ、すべてのメールで使われる。そうなって初めて、暗号化は本当に意味を持つ。ただそうなれば、一般人がわざわざ PGP をいじくったり暗号化方式についての本を読んだりする必要もなくなる。今だけなのだ。「過渡的」と書いた所以である。

 さて「今だけだから読んでおこう、使っておこう」と思うか、それとも「今だけだから無視しよう」と思うか。これはあなたの接続/断線度をはかる選択でもある。ただし選択そのものが、ではない。問題は、あなたがなぜその道を選んだかである。

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