Voice 2012/4号 連載 回

アメリカのインフレ目標と日銀の反応

(『Voice』2012 年 4月 pp.42-3)

山形浩生

要約: アメリカのFRBはついに明示的なインフレ目標を導入した。それに対して、日銀は日本もインフレ目標があるのないのと変な弁明ばかりしている。そろそろデフレ解消のための各種手段をとり、インフレ目標をきちんと導入すればいいのに。



 アメリカの連邦準備制度(FRB)が、2%のインフレ目標を明示的に打ち出した。すばらしい。

 インフレ目標は、たぶんすでにあちこちで説明をお読みになっているだろうけれど、人々の物価に対する期待に働きかけて、経済を活性化する手段だ。日本のようにデフレが頑固に維持されていれば、これからも物価は下がり続けるだろう、とみんなが思う。そうしたら、何を買うにしても、来年まで待ったほうが得だ。消費も投資も控え気味になり、景気は停滞し続ける。でも、インフレ目標を中央銀行がうちだして、それをの実現を行動で示せば、みんな買い物や投資は早めにしておこうと思う。来年になったら値上がりするとみんなが期待するからだ。そうすると、景気は改善する。

 これまでもFRBのバーナンキ議長は、実績としては2%くらいに近い水準を実現していた。でもそれだけだと、ひょっとしたらインフレ抑制策を打ち出すかもしれない、と思われかねない。それならば、あわてて買い物をするより様子を見ようと思う人も増える。特に、FRBの中にはえらくインフレを恐れて何かというと金融引き締めを言い出す人もいるから、なおさらだ。でも明示的な目標値を掲げることで、FRBはそんな心配がないことを伝えている。そして、FRBがそれだけのインフレを維持できることは、かなり実証済みだ。

 が、これを受けた日本のマスコミ、そして日銀の反応はひどいものだった。まずFRBの発表の報道で、ほとんどのマスコミはなんとこの「インフレ目標」に触れなかった。続いて「いやこれは日銀がやってきたことと同じだ」とか、「目標と狙いはちがう」とかわけのわからない言い訳。さらにその後、慌ててインフレ目標っぽいものを日銀も言いだし、でもそれは目標ではないと言い、その一方でいまこれを書いている段階だと「インフレ目標の効果は限定的」なんてのがネット上のニュースでは流れている。

 日本はこれまで、十年以上ものデフレが続いて、景気も停滞している。景気停滞の要因をあれこれ指摘することはできるだろう。でも、デフレがその大きな要因の一つだというのはまちがいないことだ。そしてデフレは、中央銀行がきちんと対応すれば、解消できる。だったら、まずデフレを何とかしようよ。

 またデフレは人口のせいだといった議論もあるし、そうした面もないとはいえない。何もしなければデフレ気味になるだろう。でも、人口が減って高齢化しているところでも、デフレになっていないところは多い(というか日本以外すべてだ)。ちゃんと対策を打てばいい。

 が、日本はそれをやってこなかった。今になって、対策してきたとか、日本も物価目標があるとか言い出している。でも日本は、これまでどんな「目標」を持っているか明示的には述べてこなかった。そして実績を見れば、ずっと安定したデフレ。それが日銀の「目標」なんだとみんなが思うのは当然だ。デフレを継続したがっていると思われても仕方ない。

 そして今回の「目標」設定でも、日銀が自分で必要だと判断したわけじゃなくて、アメリカがやったから慌てて追従しただけなのは見えている。口先けなんじゃないかと思うのは人情だろう。ホントは日銀はデフレを続けたいんじゃないの?

 しかもその設定の数字がやたらに低い。実は物価水準の指標は、データの集め方その他によって、実際より一%ほど高めに出ることが知られている。実は世界各国は、その分を補正しているけれど、日本だけはなぜか補正していない。だから日本でインフレ目標をやるなら、目標の数字も少し高めにしないとダメだ。現状の低い「目標」だと、実質的なデフレを続けますよ、という意図が見え見えだ。これまでの活動がすべてデフレ継続を向いている日銀による、あまりに低いインフレ目標に効果があるか? どうだろうかねえ。でも、少しでも変化があったのは朗報だ。

 実は、アメリカの2%の目標ですら低すぎるという批判はある。このインフレ目標の議論を一九九〇年代末に普及させたのはノーベル賞経済学者のポール・クルーグマンだが、かれは2%なんて低すぎる、意味ない、いまは4%くらいのインフレがほしいところ、と罵倒している。まあ理論的にはそういう見方もある。

 でも、アメリカのインフレ目標のおかげで、日銀も動かざるを得なくなったという点では、日本にとってもありがたいところ。そして一方で日銀のこれまでの主張が眉唾だということを多くの人に気づかせるきっかけにもなったようだ。日本が停滞を脱するためには、今後もっと大きく金融政策の方針変更が必要なんだけど、今回のバーナンキの英断は、その一歩への大きな後押しとなってくれた。この勢いがこのまま続いてくれれば……


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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
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