Voice 2012/3号 連載 回

ローマーのチャーターシティと橋下

(『Voice』2012 年 3月 pp.42-3)

山形浩生

要約: 制度を新しく作るのはむずかしい。が、新しい都市を造って一から制度作りをする試みを、経済学者のポール・ローマーが始めており、ホンジュラスで実現するかもしれない。橋下の試みも、制度を作り直そうとするものではあるんだが。



 いまの日本、いや世界に漂う閉塞感は、いまの制度がもたらすものでもある。すでに各種の仕組みは、既得権益集団に有利にゆがめられていて、それを改定する民主的なはずのプロセスも、ほとんどがそうした既得権益間の利益調整でしかないように見える。

 オバマ大統領人気の隆盛と失墜は、まともな理念に基づいてそれを打破できるという期待と失望によるものだし、民主党政権も(期待したやつが愚かとはいえ)、そういう側面を持っていた。そしてもちろん、大阪の橋下も同じ期待で人気がある(一方で既得権者には嫌われている)。でもその結果についてはみんな半信半疑だろう。道州制ですべてを一から作り直す――主張はよくわかる一方で、本当に一から作り直すなんて、大阪だろうとどこだろうと不可能なんだから――

 が、実はいま、まさにそうした試みが行われようとしている。何もないところに、一から制度構築をした新都市を作ろう。その都市の憲章(チャーター)を定め、それに賛成する人だけが移住する。そしてその憲章は、その市内の既得権益にゆがめられないよう、外部の理事会だけが変えられることにしよう。

 この主導者は、大経済学者で内生的経済成長理論の雄ポール・ローマーだ。彼は、自分の経済成長理論の実践として、このチャーターシティというアイデアをしばらく前から唱えていた。でも、ぼくを含め多くの人は、それが単なる思考実験だと思っていた。実際にそんなことをやらせてくれるところがあるわけないだろう、と。

 ところがなんと、それがホンジュラスのトルヒーヨで始まりそうなのだ。ほとんど無人の地域を数十年ほど租借して、国はそこの運営には口出しをしない。租借期間が終わったら(そして目論見通り、成功した都市ができあがっていたら)それを返還する、というわけ。

 ホンジュラス側はかなり本気で、昨年末には実現のために憲法改正までやってのけた。なぜ憲法改正? この仕組みは、民主主義ではないからだ。この都市住民たちは自分では(あまり)制度を変えられない。それがこの提案の売りだが、批判を受ける点でもある。が、ローマーは、民主主義はちゃんとある、という。人々が決められた憲章に賛成して移住してくれば、それは形式的な選挙での紙切れよりずっと強い意思表示だ、と。そもそも賛成なやつだけがくるんだから、投票とかいらないでしょ、というわけだ。

 実は先例はすでにある。シンガポール、そしてもちろん香港だ。どちらも、明確なルール(またはその不在)を売りにして外部の人材や資本を集め、世界有数の都市となり、それが周辺経済をもけん引するようになった。ホンジュラスもそれを期待している。いずれこのトルヒーヨが、中米の中核都市となってほしいのだ。

 そしてアメリカという国もまさにそういう実験でもあった。何もないところに、当時としては異様な理念をもとにした制度を構築し、それに共鳴した人がやってきて活躍する――それが決して不可能ではないのは証明済みではあるのだ。

 その一方で、これまで多くの新都市構築の試みが死屍累々なのも事実。都市計画では、ブラジリアやチャンディガールやキャンベラ、あるいはつくば学園都市などの人工都市がいかに苦戦したかを必ず教わる。

 さてどうだろう。三〇年後にトルヒーヨは、中南米の輝く星となっているだろうか。いやそれ以前に、これをお読みのあなた、憲章次第ではトルヒーヨに移住して一旗あげたいと思うだろうか? この試みはまさに、そうした人たちが多数出現することを前提にしているんだから。

 大阪も、現状のままではジリ貧だ。ぼくは地方自治体レベルでは、もっと政策的な実験をたくさんすべきだと思っている。このチャーターシティほどのことはできないにしても、橋下一派が明確な理念に沿った新しい制度構築を多少なりともできるなら、それは歓迎すべきことだと思うのだけれど。「ハシズム」なる印象批評の手続き論では、現状打破の答えにならない。住民による選挙という形でちゃんと民主的な支持が得られているなら、国もそのための自由度を認めるべきだろう。みんなの期待通り、そこからいまの閉塞感を打破するものが実現してくれればいいのだけれど。


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